自由業だからといって、なんでも自由にしていいわけではない。
これは当たり前のことで、なんでもできるからこそ、自分を戒めなければならないのである。そこらへんを勘違いして好き勝手にやっていたら、いずれとんでもないことになる。
世の中には、とんでもないことになったらそれを糧にしてさらに上に行っちゃうような化け物もいる。いるにはいるがそれは一握りにすぎないので、まず普通の人間だと自覚しているなら、自戒しつつほどほどにしておいたほうが無難なのだ。
私も普通の人間である。
だからいくつか守っていることがある。その中でも大事なのが、
ひとさまの米櫃に手を突っ込まない
ということだ。
ひとさまの米櫃の手を突っ込まない
これ、とても大事。されて嫌なことは他人にしない、というのが世の鉄則だから、
俺の米櫃に手を突っ込むな
ということでもある。そうやって言い換えると、ああ、大事だ、と思ってくれる人もいるのでは。
他人の米櫃に手を突っ込むという行為にもいろいろある。言語道断なのは、別の人に決まっている仕事を取ってしまう、というやつだ。芸人さんと少し付き合いができると、彼らはこのへんを非常に厳格に守っていることがわかる。たとえば誰かの独演会にゲストで呼ばれてきた落語家に名刺を渡そうとすると、先に、兄さん(姉さん)、名刺いただいてもいいですか、と確認してからそれに応じてくれる。独演会の主がつながっている客を、横から取ってしまうことになりはしないか、という配慮である。心配してくれなくても、私などは全然太い客ではないのだけれど、それでもこうやって配慮する。
物書きの仕事なので他人のお旦を取ってしまう、などという事態はあまり発生しない。というかお旦になってくれる人がいたら大歓迎だがそれはいないのである。いたらいいのになあ。だが、すでに決まっている仕事に呼ばれていない人間が横から首を突っ込んでくる、というようなことはある。今は景気が悪くなって人海戦術で作ってしまうような仕事はあまり発生しないが、以前にはよくあった。そういうときに、なんだか知らないけどいっちょがみしてくる人がいるわけである。呼ばれもしないのに、乃公出くんば、という顔で参加していたりするので、不思議な気持ちになった。あれも米櫃泥棒の口だろう。
もっとも多く発生するのが、他人の仕事の成果を自分の手柄のような顔をして持っていってしまう輩だ。これが最も一般的な米櫃泥棒だと思う。この世の中には知的財産権というものがあるので立派な権利侵害なのだが、冒険者というのはいつでもいるものなのである。駄目なんだよ、君。
もうひとつ発生するのが、風評被害を流すというやつで、これもよくある。私も駆け出しのころ、年長の業界人が「彼は〆切を絶対守らないから」と言って回っているという話を聞いて弱ったことがあった。いや、〆切を守らないのが悪いのはわかっているが、それを関係ない第三者がわざわざご注進に上がるというのはどうなの、という話である。これに類する話はたくさんあって、発言者は悪気がなく口にしたんだろうな、という噂が流れてくるのをよく耳にする。ここだけの話ってやつである。絶対ここだけにならないんだよね。
こういうことをされると嫌な気分になる。仕事を取られれば直接被害を受けるし、悪い噂を流されたら将来仕事が減るのではないかと不安になる。嫌である。嫌だから絶対に自分でしてはいけないのだ。これは気をつけることで絶対に防げる。どうすればいいか。真逆のことをすればいいのだ。
人から仕事を取らないで、人に仕事を回す。
自分で仕事を作り出して、多くの人が参加できるようにする。
他人の仕事の成果を取らないのは当たり前のことなので、きちんと名前を出して、あの人がこういう凄い仕事をしています、と広めるようにする。もちろん著作権を侵害しない形で。
そして、他人の悪い噂話をしないで、いいことを言うようにする。他人の仕事は、いいところを見つけて褒めることを心掛ける。
これをするだけで、自由業の渡世は過ごしやすくなると思うのだけどな。