某月某日
年末進行という言葉がある。年末年始に出版関連の業者が休みに入るため、すべてのスケジュールが前倒しになることだが、その年末進行が本当の年末にかかることはあまりない。いや、私の場合はそうであった。なぜならば、12月の下旬に入ると、印刷業者が店じまいにかかるため、そのへんに〆切を設定しても無駄だからである。年始になっても同じことだし、本当に年内に仕事を終わらせたい編集者なら上旬を〆切として言ってくる。そんなわけでたかを括っていたのだが、どういうわけだがこの年は、本当の本当におしまいまで仕事が入っていたのだった。すでに2020年分の仕事に掛かっていたためでもある。
その年末進行とは無関係だが、この日の夜は下北沢のB&Bで恒例のトークイベントに出る約束があった。なのであまり遠くには行くことができない。仕方なくあれこれ調べていると、宇都宮の東武百貨店で古本まつりが開かれていることがわかった。東京・宇都宮の往復ならば、青春18きっぷの1日分よりもわずかながら金額が上回る。よし、今日は宇都宮だ。
そんなわけで恵比寿駅から宇都宮線に乗り、えっちらおっちらと北を目指す。日光街道歩きで何度となく往復した路線である。さすがに年末なので乗客は少なく、楽に座ることができる。
宇都宮駅で下りて、まず目指すのはあの定点観測地だ。材木町の山崎書店が店舗営業を止めてしまったため、市内で訪れることができるのは隣の雀宮駅にある、すずめ書店しかない。だが、本当はもう一店舗あるのだ。JR宇都宮駅から東に真っ直ぐ延びている県道一号線を歩き、田川を渡ったら南に曲がる。そこからしばらく行ったところにあるのが秀峰堂だ。
うん、開いていない。前回来たときも開いていなかった。たぶんその前も。初めて宇都宮を訪れたのは私が大学生のころだから今から30年は前のことだが、おそらくそのころに一回入ったきりなのではないだろうか。いつ来ても戸が閉じており、カーテンが引いてある。かといって営業を止めたわけではなく、ガラスに貼られたポスターが定期的に替わっているところを見ると、中で何かは行われているようなのである。来た、という証拠に写真だけ撮り、北東の方角にある東武百貨店を目指す。
建物の前まで来てみると、営業開始には少しだけ早かった。早めの昼食をするには時間が短い。仕方がないのでオリオン通りをぶらぶらと歩く。この近くには山崎書店があったし、たしかオリオン通りの中にも一店古本屋が営業していたはずだ。過ぎたことを言っても仕方ないが、かつての宇都宮は古本屋の街だったのである。
時間ちょうどに東武百貨店に戻り、開店と同時に中に入る。催し物会場で開かれているという古本まつりには、北関東一帯の古本屋が出店しているのだそうだ。その中に栃木市の吉本書店がある。台風の被害で浸水して甚大な被害を受けたそうで、twitterを拝見するに、どうやら店舗営業は止めてしまわれる由。胸の痛むことである。
会場は思った以上に広く、大規模だった。硬いものから柔らかいものまで多岐にわたっており、鉄道本や郷土史ものが特に充実しているように思われた。買えばいくらでも買える雰囲気なので、ちょっと気持ちを引き締める。結局買ったのは、三波春夫『すべてを我が師として』と雑誌「えろちか」のハイライト版(総集編)の号であった。三波春夫は何冊か評伝や自伝が出ていて、そのうちの一冊である。三波は元浪曲師なので、資料として持っている必要があるのだ。『すべてを我が師として』はあまり見ない本なので、これは嬉しい。「えろちか」のほうは、評論や読み物などを集めた号で、故・小鷹信光氏が当時の珍しい性行為について書いている。蒐集家の小鷹氏らしく、向こうの官能小説を読んで、出てくる行為の統計をとったもののようだ。たしか、この論文は著書には未収録だったのではないだろうか。これも私が持っていなければならない本だ。
会場を出ると、まっすぐ戻るにはまだ早い時間だった。これはもう一駅先の雀宮に行くしかないだろう。ただし、これから宇都宮駅へ行ってJRに乗ると時間が無駄になる。東武宇都宮駅近くからJR石橋駅に向かうバス停がある。それが途中で雀宮駅のそばを通るのだ。宇都宮市内はバス路線が多く、本数もそれなりにあるので移動には便利である。停留所に着くと、ほどなくして目指すバスがやってきた。
雀宮駅近くで下りると、見覚えのある光景だった。かつての雀宮宿本陣で、遺構として門だけが当時の姿を保っている。たしか日光街道を歩いているときは、この建物も修復をしていたのである。街道から逸れて脇道に入り、しばらく歩いたところにあるのがすずめ書房だ。
ここも実は前まで来て中に入ったことがない店の一つである。ネット上の情報だと一応日曜日がお休みのようなのだが、それ以外にも不定期に閉めているような気がする。遠目に見ると、開いているのかそうではないのか、判断がつかないような状態だった。仕方がないので店の前まで行ってみる。サッシ戸に手をかけながら中に声をかける。返事はなく、灯りもついていないようだ。しかし、鍵はかかっていない。ちょうど昼時だったこともあって判断がつかず、しばらく待っていると建物の後方から店主らしき男性がやってきた。残念ながらお休みなのだという。せっかく来たのだが、それでは仕方ない。騒がせたことをお詫びして、店を後にした。宿題片付かず。
JR宇都宮線に乗り込み、新宿へ。そこから小田急線に乗って、下北沢で下りる。イベントまでは数十分だけ時間がある。駆け足だ。古書明日で『世界短編名作選 東欧編』を拾ったあと、古書ビビビとほん吉をざっと見て、B&Bに駆け込んだ。
青春18きっぷの小旅行、二日目おしまい。