「杉江松恋の新鋭作家さんいらっしゃい!」番外編。デビュー作、あるいは既刊があっても1冊か2冊まで。そういう新鋭作家をこれからしばらく応援していきたい
これだけサービス精神旺盛なデビュー作というのも珍しい。
歌田年『紙鑑定士の事件ファイル 模型の家の殺人』(宝島社)は、第18回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作である。この大賞、情報セキュリティ技術を題材にした伊園旬『ブレイクスルー・トライアル』(第5回)や美術鑑定の世界を描いた一色さゆり『神の値段』(第14回)など、ときどき特殊分野を題材にした受賞作が出る。今ではエンターテインメントの1ジャンルとした医療ミステリーも第4回の海堂尊『チーム・バチスタの栄光』が嚆矢といっていい。第15回には岩木一麻『がん消滅の罠 完全寛解の謎』という、人体を密室に見立てたような不可能犯罪ものの秀作も世に送り出している。
で、今度の特殊設定は何かといえば、題名にもあるとおり紙鑑定なのだ。
紙、かみ。paper。
■紙についての蘊蓄の小説、というわけでもない
主人公の渡部圭は紙鑑定事務所を個人で開いている人物だ。本人の営業トークをそのまま引用すると、こんな感じ。
「はい。例えば持ち込まれた紙のサンプルを調べて、メーカー、銘柄、紙の密度である米坪を推定し、紙厚を測定します(中略)私が得意とするのはやはり本です。カバー、オビ、表紙、見返し、口絵、本文、上製本なら芯ボールもですが、それらのパーツにどんな銘柄の紙が使われているかを鑑定します。場合によっては、ご予算に合わせて、それらに準ずる銘柄をいろいろご提案したりもできます」
出版社やメーカーに対して紙を売り込むような営業の仕事もやっているというわけだ。
その渡部紙鑑定事務所を探偵事務所だと勘違いして若い女性がやってくる。かんていじゃなくて、彼女が必要だったのはたんてい。同棲している男が、急にプラモデルを作り始めた。そんな趣味はなかったはずなのに、どうも怪しい。塗装工で、男ばかりの職場だから、ひょっとしてゲイに目覚めて、そういう仲間からプラモデルをプレゼントされたんじゃないか。
まったく紙鑑定士が扱うような案件ではないわけだが、なりゆきで渡部は女性の依頼を引き受けることになる。男が捨てたのだという長財布からは紙きれが出てきた。それを調べるのはもちろん得意分野である。だが、いちばんの手がかりはそのプラモデルであり、渡部は知り合いのホビー雑誌編集部にプロモデラーを紹介してもらう手筈をつけた。
こんな感じで話は始まっていく。渡部が相談を持ち掛けたのは、伝説のモデラーと言われるほどの腕の持ち主ながら、模型メーカーと揉めたために仕事を干され、今は半ば隠居の身の上である土生井昇という人物だった。彼にヒントを貰いながら、渡部は調査を進めていく。
ここまでの内容紹介でおわかりだと思うが、物語を牽引していくのは紙よりもむしろ、模型に関する知識である。本作応募時の題名も『模型の家、紙の城』と模型のほうが先にきていた。つまり紙鑑定士という主人公の職業が十分に活かせていないわけだが、そこは力押しで乗り切っている。土生井という男が述べる模型の蘊蓄がおもしろいのである。彼の奇矯なキャラクターも相まって、まあ、これでいいかな、という気分にさせられてしまうのだ。好事家の熱気あふれる語りで煙に巻かれるとでもいうか。いや、皮肉ではなくて、読者に馴染のない題材をこれだけおもしろそうに語れるのは作者の才能だと思う。看板にやや偽りあいだが、それが気にならないぐらい語られる内容が興味を引くのだ。
■お盆にこぼれ気味のデカ盛りだが、それがいい
プラモデル男の浮気問題はほんの導入部で、別の依頼が本筋である。渡部のところに第二の依頼人がやってくる。曲野晴子というその女性は、行方不明の妹を捜しているのだという。その妹が住んでいた部屋には家のジオラマがあった。昭和の時代を思わせる一軒家で、門外漢から観ても良い出来であることがわかる。それが唯一の手がかりなので、またもや渡部は土生井を頼ることになり、伝説のモデラーから模型はジオラマというよりはミニチュアハウスにあたるものではないかという指摘があって、精査を続けるうちにある秘密が判明する。そこから事態は不穏の度合いを増していき、妹の失踪には事件性があるのではないか、という疑いが浮上してくるのである。
ここから話がどんどん大きくなっていき、広げられるだけ風呂敷は広げられるのだが、細かくは書かない。平凡な失踪事件と思われたものが意外な方向へと発展していく驚きをぜひ味わってみていただきたい。ただし作者の話の進め方には難があり、百も二百も選択肢があるはずなのに、よりによってそれですか、という結論にぱっと渡部が飛びつき、しかも当たりを引くというご都合主義の展開が目立つ。選評でも指摘されていたが、完全には修正しきれなかったようだ。また、終盤で渡部の恋人がいきなり登場するなど、こっちに話を進めたいからこうするのだ、というような独りよがりな書きぶりも気になった。
ただし、それもやむなし、というような剛腕ではあるのだ。毎回この調子ではたまらないが、デビュー作ゆえに多少の粗は目をつぶることにしたい。たぶんシリーズ化されると思うので言っておきたいが、主人公を可愛がり過ぎないこと。あと、渡部はそんなにかっこいいキャラクターじゃないので、無理にヒーロー化させないこと。クライマックスで窮地に陥った渡部はある手段でそれを切り抜けるのだが、読んでいて思わず鼻血が出そうになった。早川健じゃないんだから、と言っておきたい。サービス精神の賜物、よくやった、と今回は褒めることにする。
というわけで少々どころか、かなり荒っぽい小説である。だが、ページを繰らせる勢いは十二分にある。また、模型に比べるとやや控えめに繰り出される紙の蘊蓄も要所でちゃんと話のパーツとして嵌まる形で使われていて、紙鑑定士という題名通りにはなっている。まだまだ使える知識はあるだろうし、こなれてくればさらに独自性を発揮できる内容になるはずである。次作でも話を全紙サイズまで広げるのだ。そしてそれをB6くらいに畳むのだ。あなたならできる。