某月某日。
木馬亭8月度浪曲公演の初日。コロナ関連が安心できない感じなので、演芸には行けるうちに行っておかないと。でも、8月はもろもろあってそんなに木馬亭には行けないのである。
とりあえず初日。開演前の午前中に、玉川奈々福さんの新作ネタおろしの会がある。会場は、奈々福ファンでほぼ満席である。太福さんの会もそうなのだけど、普段木馬亭でお見かけする顔ぶれとだいぶ違う。
ライト兄弟 作/小佐田定雄・脚色/玉川奈々福 玉川奈々福・沢村豊子
小佐田さん作の浪曲を聴くのはこれが初めてだと思う。マクラで話ができるまでの経緯が語られたが、ここには書かない。奈々福さんが演じられるときにまた話すでしょう。題名通り世界偉人伝の内容だが、いろいろな浪曲の啖呵や節がパロディで盛り込まれていて楽しかった。ぱっと思い出せる範囲で書けば「清水次郎長伝 石松三十石船道中」「同 お民の度胸」「壺坂霊験記」「天保水滸伝 笹川の花会」といったところか。他にもあったかも。
1時間ほど外に出て休憩してから定席が始まる。
双葉山 東家三可子・伊丹英幸
魚屋本多 東家恭太郎・水乃金魚
真柄のお秀 国本はる乃・佐藤貴美江
暁の唄 浜乃一舟・東家美
仲入り
忠治の娘 東家孝太郎・水乃金魚
一妙麿 澤順子・佐藤貴美江
権太栗毛 東家三楽・伊丹秀敏
相馬大作 神宮寺川の渡し 東家三楽・伊丹秀敏
三楽さんが二席続いているのは書き間違いではなくて、何かのトラブルで講談の出番が休演になってしまったからだ。直前までわかってなかったらしくて、孝太郎さんの出番後、にわかに慌ただしくなってアナウンスが流れた。どうするかな、若手が出てつないだりするのかな、と思って見ていたら順子さんが舞台に現れたので、あ、一席減でそのまま行くのかな、と。別にそれでもほとんどの客は納得して、文句を言わないとは思うのだけど。
ところが三楽さんは登場するなり「他の師匠でしたらカラオケをやったりして別のこともできるんですけど、私は浪曲しかできませんから」と二席続けて演じることを早々に宣言。十八番の一つ、「権太栗毛」に入った。実はこのネタがかかるのではないかと想像はしていたのである。前回の浪曲大会のトリネタでもあって、そのときはクレジットに「馬師」として孝太郎さんの名前が入っていた。そういう役柄がもともとあるわけではなくて、孝太郎さんのオリジナル。馬のいななきやひづめの音ができるので、このネタのときは三楽さんに頼まれてやるのである。来るぞ来るぞ、と思っていたらやはりヒヒーンといういななきが。
一席の間に動きがあり、どうやら楽屋に遅れていた講談師が到着した気配。それを見届けた三楽さんは客席に向かい、「どうしましょう、このまま続けて浪曲でもいいですか」と一応確認をとった。「トリはお掃除番と言われますので、ではこのまま」と続けて演じるそぶり。もう観客の視線は釘付けである。「このネタは秀敏師匠がたいへんなんですが」とチラリ視線を送る。大丈夫、とうなずく御年85歳の曲師。そのまま壇上でマイクを介さずいくつかやりとりがあった。おそらくはこれからかけるネタの確認。なんでも覚え直してこの次にでもかけようか、という話になっていたものなのだとか。緊急事態でそれが早まったわけである。「では、相馬大作で」と始まる。おお、相馬大作か。
このネタ、後半にスペクタクルな大立ち回りがあり、三味線が暴れっぱなしになるので曲師も本当に働かされるのである。それで確認したのか。しかし元気な85歳はまったく疲れた様子もなく弾きまくる。そういえば今日は浜乃一舟として浪曲を唸ってはいるものの、三味線は一席しか弾いてないものな、腕が疼いて仕方なかったんだろうな、と納得する。まことにおそるべき85歳である。
見事な節で無事大団円。アクシデントはあったものの、この日のお客さんは納得しただろうと思う。後ろに座っていた年配のお客さんに「いやあ、すごかったねえ」と話しかけられた。同感です。三楽さんは好きでなるべく聴くようにしているが、この日は流石としか言いようのない高座であった。ステージが一つ上になった感じ。いいものを聴いた。