某月某日
昼間は仕事が片づけられず木馬亭五日目には伺えず。あるのに行けないというのがもどかしい。夜になってようやく家を出て薄暮の浅草へ。玉川太福月例独演会があるのだ。コロナ禍が起きて以降は予約しないと入れなくなってしまった会だが、今回は運よくぎりぎりで滑り込むことができた。
阿武松 玉川太福・玉川鈴
倍音歌謡浪曲 義経地獄破り 東家孝太郎・玉川みね子
仲入り
男はつらいよ 寅次郎相合い傘 玉川太福・玉川みね子
いくつかこの日は狙いがあったのだが、一つは「阿武松」で初めて聴いた玉川鈴さんの三味線である。三月にみね子さんに弟子入りし、先月のこの会でデビューを果たしたというのだが、私は今回が初めてになる。新人にしてはいい三味線で、不安なく最後まで聴くことができた。将来が楽しみ。
「義経地獄破り」は先月の浪曲日本橋亭が初演で、忙しくて行けなくて残念な思いをしたいたもの。その会で共演した太福さんにゲスト出演を依頼され、この日登場となったらしい。火車によって地獄送りになった義経が弁慶ら従者と共に等活地獄の鬼と闘うところから話は始まる。本宮ひろ志『雲にのる』と落語の「地獄八景亡者戯」を合わせたような話で、途中から浪曲オールスター戦みたいになるのが楽しい。「倍音歌謡浪曲」とあるが、歌謡部分は最後なので、どちらかと言えば「倍音浪曲+歌謡ショー」だろう。なかなかの大盛り上がりで、仲入り後に出てきた太福さんが「みんな持ってかれちゃうから(間に仲入りを入れずに)後でやらなくてよかった」と言うのもむべなるかな。
「寅次郎相合い傘」は浅岡ルリ子演じるリリー松岡の登場する二作目。1975年の公開で、船越英二演じる蒸発サラリーマンの兵頭がいい味を出していた。この作品のラストは心情描写が実に大人のもので、子供のころは観ていてよくわからなかったことを覚えている。恋愛ものにはくっつくか別れるか、その二通りの結末しかないと言われるが、こういうありようもあるのだなあと感心。これは太福さんの演出がよかったのである。可笑しかったのは笠智衆演じる御前様がまったく似ていなかったことで、ご本人も「特徴がつかめないっ」とこぼしていた。難しいのか、笠智衆。
終演後、夜の浅草に出てみると謎の荒れ模様に。奥山おまいりまち商店街に座り込んだ連中がなぜかシャッターを鳴らして騒いでいるし、交番では別の若者がねちねちと警官に絡んでいるし。一瞬、タイムスリップして昭和の浅草に来てしまったのかと思った。六区ってこんなだったっけ。催しものがあるわけでもないのに妙に活気づいていた。このことを行きつけのKのお兄ちゃんに話すと「ああ、いつものことですよ。うちもよくシャッター蹴られます」と。そうなのか。