杉江松恋不善閑居 浅草木馬亭十月公演二日目・とうきょうスカイツリー「業平駅前書店」の面影

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某月某日

本日の目玉は玉川こう福、奈々福、ぶん福と玉川福太郎家の三姉妹が勢ぞろいすることである。とりあえずは浅草木馬亭へ。出遅れてしまったので最初の三門稜さんは途中から。場内に入った瞬間に三味線は沢村美舟さんだろうと思った。音がそんな感じだ。しかし、美舟さん、最近は掛け声が変わったなあ、年季の入った声になったなあ、とぼんやり考えながら聴き終えたが、あとでたいへんなことがわかる。美舟さんじゃなくてお休みしていたその師匠の沢村豊子さんがこの高座で木馬亭復帰していたのだ。師弟だから音は似ている道理だが、声はまったく違うので、なぜそこで気づかなかったのか私は、という話である。

出世定九郎 三門稜・沢村豊子

秋田蕗 富士実子・伊丹秀敏

青龍刀権次 発端 玉川ぶん福・玉川みね子

義士外伝俵星玄蕃 玉川奈々福・沢村美舟

仲入り

神田松 花渡家ちとせ・沢村豊子

桂昌院 神田蘭

別れ涙の花舞台 玉川こう福・玉川みね子

村上喜剣 三門柳・伊丹秀敏

この日の収穫はなんといっても「俵星玄蕃」と「村上喜剣」だった。奇しくも両方とも義士外伝である。

俵星玄蕃は奈々福さんの声が通っていて大袈裟ではなく木馬亭がびりびりと震動していたくらいだったのだが、途中で一箇所、おっ、と思った節があった。節の歌いだしを、息を吸うような低く静かな呼吸で入る。文句をきちんと覚えてないのがもったいない。すうっと五文字を吐いたあとに次の七文字をどんとぶつけるので、その段差で心を持っていかれるのであった。「仙台の鬼夫婦」でも思ったが、奈々福さんは槍の所作が綺麗だ。

「村上喜剣」は薩摩浪人の喜剣が酒色に溺れる大石内蔵助を惰弱と罵り、諸国を漫遊した後で江戸で討ち入りのことを知って燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんやと我が身を責めるというお話である。大事件の討ち入りを知らないくらいだから、喜剣は相当長い間ほっつき歩いている必要がある。ゆえに長い道中付けが入る。そのクライマックスに「江戸まで江戸まで江戸まで江戸まで」とリフレインで声を高めていくくだりがあって、新鮮であった。節は歌なのだからリフレインがあるのは当然だが、他の浪曲ではあまり聴かない気がする。

ぶん福さんの「青龍刀権次」はここのところ三ヶ月くらい連続で二話目の「ニセ札」を聴いていたので、一話目の「発端」を聴けたのは嬉しい驚きであった。

終演後ちょっと時間を潰す必要があったのでTXに乗って北千住へ。なざわ書店が潰れていたことに驚く。ならばと東武伊勢崎線でとうきょうスカイツリー駅へ。駅前の業平駅前書店を訪ねようとしたのだが、これまた閉業していた。どんどん淋しくなっていくぞ東武伊勢崎線。スカイツリーラインとか言っている場合じゃないぞ。悄然と浅草に戻る。

また一軒、知らない間になくなっていた。

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