木馬亭定期公演も残すところあと二日。今月はなんとか皆勤できそうだと気負って行ったらなんと口開けの客になってしまった。いつもよりも出足が遅い。木戸に見知らぬ女性がいたが、あれは21世紀劇団の方か、それとも新しい入門者か。
みみず医者 東家志のぶ・馬越ノリ子
命の振袖 港家小そめ・玉川祐子
吉良の仁吉 国本はる乃・馬越ノリ子
愛馬の勝鬨 浜乃一舟・東家美
仲入り
開化鰻屋草紙 澤惠子・佐藤貴美江
大岡政談人情匙加減 宝井琴調
三味線やくざ 鳳舞衣子・伊丹秀敏
十三夜 澤孝子・佐藤貴美江
「みみず医者」は先日日本橋亭で聴いた外題の15分バージョンで、前段や中盤をかなりカットしている。この話、二代目の放蕩医者が女房に諭されて心を入れ替える部分が要なので、彼女の出番を削りすぎると話が見えなくなっちゃうかも、と思った。節は前回よりも伸びやかで、聴いていて楽しかった。志のぶさんは、そろそろ他の読み物も聴いてみたい。
「命の振袖」は塩原多助が江戸に出てきてからの話である。多助の真っ正直な感じは小そめさんに合っていると思う。途中で撥ねて楽しい節回しあり。小そめさんは浮かれ節がニンに合っている気がする。コミカルな「若様と自転車」もあるし。曲師の玉川祐子さんはこの10月で98歳になられたとか。ぜひ100歳まで現役で弾いてください。
「吉良の仁吉」は久しぶりのような気がするが、もはや安定の定番である。長吉の訴えを聴いて仁吉が覚悟を決めるまでの表情、血を吐くような啖呵などすべてよし。もちろん節回しは非の打ち所がなしで、感情の高ぶりを表現しなければならないこの外題に打ってつけだと思う。まさに絶唱。
「愛馬の勝鬨」は亡父の遺言を守った姉弟が、育て上げた馬で優勝するまでを描いた話で、後半がほとんど競馬の実況中継なのが面白い。これは浪曲映画にしたら楽しいだろうなと思う。一舟ビームを存分に浴びて満足なのだが、現代のお客さんには姉が身売りまでして父の遺言を守るところは違和感あるだろう。このへんは時代性で仕方ない。
仲入りを挟んで「開化鰻屋草紙」は、「素人鰻」が元の落語浪曲だ。落語原作の台本は、どうしてもサゲに相当する部分の後が付け足しっぽく感じてしまうのだが、これは幕切れがいい。途中、酒癖のせいで離縁を言い出された金造が「そりゃ、悪い了見だ」と言い出すくだりがあまりに身勝手で、笑ってしまった。悪いのは誰か。惠子さんはそんなに声が伸びない演者なのだが、ご自分の持ち味を活かせる外題をきちんと選んでいるのがプロとしてはさすがだ。いま三木のり一『何はなくとも三木のり平』の読書中なのだが、「おれは殿様」とか落語浪曲に直したらいけるのではないだろうか。
「人情匙加減」は本当によくできた政談で、途中善人側が絶体絶命になってからの大岡裁きなのでカタルシスが大きい。大岡越前が出てくるまで時間がかかるので、はらはらさせられるのだ。このへんの演出が憎いところである。このたびも、こすっからい狩野屋のキャラクターが絶品であった。枕で古い浪曲師についての話題あり、興味津々に聴く。琴調さんが持っておられる過去のエピソードはそのうちにまとめてどこかで本にならないかな。
この日いちばんの収穫は次の「三味線やくざ」だった。鳳舞衣子さんの持ちネタではいちばん好きかもしれない。悲運によって志を閉ざされた男がヤクザになる話で、どん底から浮き上がる展開がいいのだ。舞衣子さんはご調子がよくないのかなと思う公演がこのところ何度かあったのだが、本日は完全復調で素晴らしかった。兼松という敵役のキャラクターが非常にいい。侠客ものと芸人話が結びついた、理想の浪曲だと思う。
「十三夜」は樋口一葉原作・大西信行台本で、澤孝子さんの50周年に合わせて書き下ろされたものなのだとか。夫の暴力に耐えかねて実家に帰ろうとした娘、その両親、すれ違いにより結ばれなかった幼馴染など、ままならぬ運命を生きる人々を等しく十三夜の月光が照らし出す。苦さを残して終わる、大人の物語だ。孝子さんの持ちネタにはいくつかこういう話がある。台本を書いた大西信行の功績もあるが、深い人間心理を描写可能な澤孝子さんの力量あっての作品だと思う。DV夫の話なので、これも時代が出るよなあと思いながら聴いた。樋口一葉原作なのだからそこは仕方ないのだが、現代だったら妻は迷わず子供を連れて逃げるだろうなあ。
終わって一瞬迷ったが寄り道せずに帰宅、泥縄式で仕事に励む。古本屋に行く余裕なし。