某月某日
浅草木馬亭十月公演を振り返る。
しろうとの判断ではあるが、それぞれの位置での今回のベストはどの一席だったかを考えてみたいと思う。あくまで浪曲しろうとの好みということで。
■ベスト前読み。
今回の前読みは奈みほ「鹿島の棒祭り」、稜「出世定九郎」、三可子「馬子唄しぐれ」、千春「唐人お吉」、すみれ「山内一豊の妻」、志のぶ「みみず医者」、三可子「双葉山」であった。開口一番、15分の持ち時間をきちんと聴かせるという意味ではどなたも十分に責を果たしていたと思うが、以前とは異なる構成で、かつ節の上でも成長を見せつけた千春さんの「唐人お吉」が七日間のベストではなかったかと思う。完成度では三可子さん「馬子唄しぐれ」とすみれさん「山内一豊の妻」も捨てがたい。特にすみれさんには七日間を通しての「ちょうど時間になりました」賞を差し上げたい。あれはいい呼吸でした。
■ベスト25分
前読みは15分、二席目が25分なので便宜的にこの言い方。対象は、綾那「重の井子別れ」、実子「秋田蕗」、景友「宮本武蔵一乗寺下り松の決闘」、実子「山の名刀」、はる乃「仲乗り新三」、小そめ「命の振袖」、恭太郎「魚屋本多」である。この中で一席を選ぶとしたら、やはり「仲乗り新三」以外にはないはずで、それだけ若手の中で抜きんでているということでもある。会話だけで切なさを募らせていくことができて、良い節がそれをさらに盛り立てているのだから当然。もうこの位置で演じさせるのはもったいないのだ。次点というか個人的にいいと思ったのは、以前に聴いたときよりもぐんとよくなっていた「重の井子別れ」で、前の印象を塗り替えるような出来だった。ここしばらくで聴いた綾那さんでいちばんいい。
■ベスト三席目。
ここから30分。孝太郎「赤馬の殿様」、ぶん福「青龍刀権次発端」、孝太郎「幡随院長兵衛 桜川と黒鷲」、雪絵「お民の度胸」、小ゆき「クラシカ浪曲歓喜の歌」、はる乃「吉良の仁吉」、月子「観世宝肉付きの面」だが、ここも熱演揃い。国本はる乃さんが素晴らしいのはもちろんなのだが、創意工夫を凝らされた「赤馬の殿様」と剣戟などのアクションが多い話を躍動感溢れる語りで聴かせた「桜川と黒鷲」、そして師匠譲りの節を受け継ぎつつ自身の独自性を盛り込むことに成功していると感じさせた「お民の度胸」に注目したい気がする。主人公の魅力を引き出したという点で「お民の度胸」かな。こういう女性をもっと演じてもらいたいと思った。
■ベスト仲入り前(浪曲では何と言うんだっけ)
仲入り前は、お客からすればエンドロールで言うところのトメのような気分で聴いている。「ナカトリ」という言葉は正式な楽屋用語なのか知らないけど、ここまでで前半おしまい、という気分になる。今回はイエス「清水の頑鉄」、奈々福「義士外伝俵星玄蕃」、奈々福「甚五郎旅日記小田原の猫餅」、福助「阿武松」、澤順子「糸車」、一舟「愛馬の勝鬨」、イエス「清水の頑鉄」であった。イエスさんと奈々福さんが二回ずつで、奈々福さん「俵星玄蕃」、イエスさんは二度目の「清水の頑鉄」がそれぞれよかった。前者は凛とした魅力があるし、後者はいかにも芸人らしい世界を作り上げて吸引力がすごい。もちろん心理劇として優れている順子さんの「糸車」もいいのである。高音部の節で木馬亭をびりびりと震動させた「俵星玄蕃」が観客を唸らせたという意味ではベスト、なのかな。これだけ持ち味が違う外題だとなかなか選びにくい。ちなみに聴いて得をした、と個人的に思ったのはひさしぶりの「愛馬の勝鬨」であった。
■ベスト仲入り後(色物寄席で言う食いつき)
今回は太福「松阪城の月」、ちとせ「神田松」、勝千代「慶安太平記吉田の焼き討ち」、一太郎「野狐三次観音堂の捨て子」、澤雪絵「からかさ桜」、澤惠子「開化鰻屋草紙」、一太郎「赤穂義士外伝弥作の鎌腹」である。個人的に好きな外題は「吉田の焼き討ち」だ。聴いて、儲かった、と個人的に思ったのは「松阪城の月」で、これは自分がお初ということも大きい。太福さんは侠客もいいのだが、柄の大きな芸なので、侍話はもっと演じてもらいたいと思っている。客観的に見るなら一太郎さんの二席、「観音堂の捨て子」か「弥作の鎌腹」ではないだろうか。どちらでもいいのだが、キャラクターの人物描写をとって後者を。相三味線の美さんと息も抜群に合っていた。
■ベスト講談
これは簡単に。京子「金子みすゞ」、蘭「桂昌院」、昌味「爆裂お玉 三悪党の出会い」、鶴遊「鼠小僧次郎吉 蜆売与吉」、琴調「大岡政談人情匙加減」、凌鶴「黒雲お辰」で、珍しいものを聴いて嬉しかったのは「爆裂お玉」だが、総合的な完成度ではやはり「人情匙加減」に軍配を上げたい。凌鶴さんが浪曲ファンのために「唄入り観音経」ゆかりの「黒雲お辰」を読んでくださった配慮にも感謝。
■ベストモタレ(トリの前)
柳「小仏峠の雪」、こう福「別れ涙の花舞台」、小柳丸「亀甲組木辻」、琴美「湯島の白梅」、満月「父帰る」、舞衣子「三味線やくざ」、琴美「老人と若者たち」が対象。この中でいちばん好きなのは琴美さんの「老人と若者たち」で、理由は私のお気に入りの節があるからだ。好みってそういうものでしょう。技芸に最も感嘆させられたのは「唄入り観音経」の前日譚というべき「小仏峠の雪」で、演者(原作者)が登場するメタフィクション風の構成もさることながら、柳さん特有の複雑な音域にはただただ引き込まれた。しかし一席を挙げるとすれば「三味線やくざ」しかない気がする。何度も聴いている外題だが、過去で最もよかったのではないか。節を通じて主人公の味わった苦い心情が伝わってくるのが美点で、終盤、きっぱりと断った三味線をもう一度弾く気になるあたりのさりげない描写もいい。敵役の兼松というキャラクターもあって、非常に満足度の高い一席だった。
■ベストトリ
お掃除番、と表現されることもあるが、要するに興行の最後。三楽「良弁杉」、柳「村上喜剣」、三楽「耳なし芳一」、孝子「春日局」、雲月「若き日の小村寿太郎」、孝子「十三夜」、雲月「天野屋利兵衛」であるが、これに甲乙をつけるのはおこがましいことで、どの一席も本当に素晴らしかった。道中付けの斬新さに改めて気づかされた「村上喜剣」、怪談ものとして創意に満ちた「耳なし芳一」、振り返ってみると大人の心理劇として卓越したもののあった「十三夜」など、そこで味わった感動は当日の記録につけたとおりである。無理に一席を選ぶとすれば圧巻の迫力「春日局」か、客席が一体となって雲月さん復活を祝福した「若き日の小村寿太郎」か「天野屋利兵衛」、中でも七日間興行の最後を締めくくる「天野屋利兵衛」にするしかないのではないか。その場における感情も関係してくるので、こればかりは仕方ないように思う。
その他いろいろと。
■ベスト興行日。
初日はもう一つお客の雰囲気もよくないことが多い。今回は客数制限が撤廃されたこともあって初日からいい雰囲気だった。中には入りが今一つという日もあったが、そういうときに客席にいると、世界を独占したようないい気分になる。今回のベストはなんといっても雲月さん復帰、満月さん帰還の五日目で、曲師も豊子・秀敏・貴美江の豪華三人であった。個人的には月子さんが戻ってきた七日目も嬉しい一日である。
■曲師の出番。
多い順に、伊丹秀敏9、佐藤貴美江6、玉川みね子6、沢村豊子5、水乃金魚5、伊丹明4、馬越ノリ子4、沢村美舟4、東家美4、玉川祐子1、伊丹英幸1、沢村まみ1だった。伊丹秀敏さんは浜乃一舟での出演もあるので、出演回数では文句なしの首位ということになる。浪曲が心から好きなのだなあ、と感嘆。お休みされていた沢村豊子さんが復帰されたのも嬉しい限りで、来月はぜひ今月弾かれなかった関東節もお願いしたい。衝立の向こうなのでお姿は拝見していないが、イエス、太福、奈みほの玉川勢を一人で弾かれた初日の玉川みね子さんは、浪曲師の笑いをとりにいくボケにもうまく対処していて、さすがの呼吸であった。芸人らしいやりとりで、ああいうのは木馬亭では珍しい。いいものです。
■後見さんたち
今の木馬亭はコロナ対策で清掃をきちんとしているし、物販の仕事もある。また、今月29日に行われる公演の前売り管理など、出演していない時間にもいろいろとやらなければならないことは多いのである。おそらくその指揮をしているのが富士実子さんで、妹弟子の東家三可子さんと共にチケット販売のアナウンスなども頑張ってこなしていた。ご苦労様です。後見という意味では、三日目の「耳なし芳一」でマイクエコーの管理をしていた方にもお疲れ様と言いたい。いいタイミングでしたよ。