杉江松恋不善閑居 浅草木馬亭十一月公演二日目+上野広小路亭古本まつり

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某月某日

浅草木馬亭十一月公演の二日目である。今日も天中軒雲月トリの日なので必然的に行かなければならない。月曜日だし初日よりも客足は悪いはずなので空いていて聴きやすいだろう。

稗搗物語 東家千春・水乃金魚

江戸の初雪 東家綾那・水乃金魚

闇に散る小判(野口甫堂作) 東家孝太郎・伊丹明

貝賀弥左衛門 鳳舞衣子・沢村豊子

仲入り

徳川家康 人質から成長まで 天中軒月子・沢村豊子

犬殿様(神田陽司作)神田紅純

玉川水滸伝 鹿島の棒祭り 玉川こう福・伊丹明

中川安兵衛婿入り 天中軒雲月・沢村豊子

これは時系列で書いたほうがいいと思うので、以下簡単に。

「稗搗物語」は那須与一の兄と平家の姫・鶴富の悲恋を描いた話で、稗搗節というここでしか聞けない節が冒頭で歌われる。「テケレッツノパ」が流行語になった芙蓉軒麗花の十八番だったが、千春さんが最近になってネタ下ろしした。聴くのは二度目だが、前回よりも節回しなどが工夫されていたように思う。とにかく稗搗節が命の読み物なので、それをどう聴かせるかが大切なのだ。ぜひ育てていっていただきたい一席だ。

「江戸の初雪」は綾那さんが先月の浪路寄席でネタ下ろしされた。一門の若手では千春さんがよく演じられる。本当はもっと早く木馬亭に掛けられたはずだったが、浪路寄席のネタ下ろしはまずそこで掛けてから木馬亭で、という決まりだそうで、コロナ禍のために遅くなった。基本的に節回しは千春さんと同じなのだが、主人公・おかねの気持ちを啖呵に籠めることで観客の気持ちを惹きつける工夫をしているように感じた。

「闇に散る小判」はたぶん東家孝太郎さんを初めて聴いたときの読み物だったと思う。育ての親を救うために盗みに入ろうとして失敗した男が、与力と思しき男に声を掛けられ、説諭される。白波ものだが、主人公を臆病者にして笑いをとり、侍のきりっとした態度との対比でうまく人物を際立たせている。伊丹明さんの三味線ともよく合っていた。

「貝賀弥左衛門」は義士外伝の一席。まったく関係ない話だと思って聴いていると、意外な展開になって討ち入りの話が出てくるのでびっくりする。義士外伝には本当にいろいろなバリエーションがあるのだということを痛感させられる一話だ。舞衣子さんはたびたび見台を離れ、舞台を広く使う演出で楽しませてくれた。宿屋の亭主が娘をおぶって、重くなったな、とこぼすくだりが実に可笑しい。二ヶ月前にちょっと声が苦しそうなときがあって心配したが、今はそんなことはない。途中でちょっと喉を整える場面があったが、豊子さんの三味線がそれを待って弾き続け、コンビネーションで観客をダレさせなかった。さすが。

「徳川家康人質から成長」は、愛知県との境である静岡県湖西市出身の月子さんらしい、東三河の英雄・家康の少年時代を描いた一席。冒頭で家康の母・於大が、今川家との関係悪化を怖れた松平広忠によって離縁されて実家に戻り、久松俊勝と再婚したことを知らないとまごつく展開があるが、昔の人はみんな山岡荘八『徳川家康』を読んでいたからこれでいいのだ。三河衆の忠義が胸に迫ってくるいい話。師匠譲りの読み物だが完全に月子さんの節になっていて、外題付けから張りのある高音の声を楽しませてもらった。

「犬殿様」は先日日本講談協会でも聴いた読み物。徳川家光の飼っていたポメラニアンが四代将軍の座に就くという設定が楽しい。最初に聴いたときは保科昌之が後見役の地位をいいことに政治をほしいままにする話に聞こえたが、よく考えると善政とは何かというおもしろいテーマを含んでいるようにも思える。

「天保水滸伝 鹿島の棒祭り」は以前にもこう福さんで聴いたことがあるように思っていたが、ひさしぶりとおっしゃっていたので勘違いかもしれない。訥々とした口調でそつなくこなした印象。こう福さんは女傑を演じるといい味なのだが、平手造酒にはそれほどの個性を感じなかった。しかし玉川のお家芸であるので聴きやすい。

「中山安兵衛婿入り」は、十二月定席の木馬亭出演がないのであえて今月に選ばれたのだろうか。コミカルな前半部、「安っさん」と呼ばれる安兵衛のざっかけない性格が出ていて啖呵からすでに楽しい。枕で咳喘息のお話をされていたが、大事なバラシに入る前に湯呑みで喉を整えるために小休止。「豊子師匠の三味線をお聴きください」と観客に告げると、さすがの沢村豊子、魅力的なフレーズをしばらく弾いて、観客を聴き惚れさせた。場内が一体となる瞬間、浪曲師と曲師の二人が力を合わせる興行だからこその場面だ。ここで「貝賀弥左衛門」とつながってくる。沢村豊子さんという曲師の存在がすべてを包み込んだ興行だったともいえる。

終演後、お江戸上野広小路亭の古本まつりに立ち寄る。今少し怪談噺のことを調べているので、林家正蔵『正本芝居噺考』を買う。村田英雄と三波春夫の著書も一冊ずつ。これらは仕事の資料なので仕方ないのである。

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