某月某日
日本浪曲協会主催「浪曲にあこがれて」
「沢村さくら曲師二十周年記念真山隼人独演会」
「東家一太郎独演会 いち会」
浅草木馬亭十一月公演初日~千秋楽
と、十日間ぶっ通しで木馬亭に通ったのであった。ここまでくると定期を買ってもいいのではないかという考えさえ芽生えてくる。
十一日目の今日は、木馬亭ではなくてNさん主催の「赤坂で浪曲」である。東家一太郎さんが、一門のお家芸である「夕立勘五郎」の連続読みをやっていて、その第二回なのだ。夕立勘五郎は現在の飯田橋付近で口入屋をしていた人物で、義侠心が強く、人のために進んで喧嘩をしたという。生涯のうちに三度敵討ちをしたことになっている、浪曲界のスーパーヒーローの一人だ。前回の最後で花屋金兵衛によって満座の中で難癖をつけられた勘五郎は、投げつけられた盃によって眉間を割られた。花屋の旦那にも何か深い事情がおありだろうと何もせずにその場を退いた勘五郎だったのだが、本人がそれでよくても済まない男が一人いた。舎弟・さんばらの辰である。
人の三倍腹が立つからさんばらの辰。今回は船橋で法事のために留守にしていた辰が、いやな予感がすると江戸に駆け戻り、金兵衛の所業を聞いて案の定腹を立て、花屋に乗り込んでいくという物語だ。物語というか、前半は船橋から江戸まで戻ってくるだけ、後半は花屋の家に殴りこんでいくだけ、でほぼ内容はない。ただただ真っすぐで人の話をまったく聞かず、すぐに腹を立てる辰の愛嬌ある姿を描くだけだ。人物描写だけで成り立っているというまことに珍しいお外題で、場内は爆笑しっぱなし。なにしろ勘五郎が滾々と事情を語ってきかせ、だからお前も軽挙妄動はしてくれるな、わかったな、と念を押しても「よしわかった、兄貴。おいら行ってくらあ」とそのまま金兵衛の屋敷に駆けだしていってしまうのである。この人の頭の中はどうなっているのか。森の石松と並ぶ愛すべきキャラクターと一太郎さんはおっしゃっていたが、奇人ぶりは遥かにあちらを凌ぐ。大爆笑、大盛り上がりのうちにお開きとなったのであった。
馬子唄しぐれ 東家三可子・東家美
さんばらの辰(前篇) 東家一太郎・東家美
仲入り
さんばらの辰(後篇) 東家一太郎・東家美
辰の大暴れがわっと撥ねたのも、美さんの三味線があってこそ。三席弾きっぱなしの美さんが獅子奮迅の活躍をした一日でもあった。
終わってしまうと不思議に気が抜けた思いがする。そりゃそうだ。この日まで毎日浪曲を生で聴いていたのに、明日はないんだもの。それをОさんに言ったら「ちゃんと仕事はしてるんですか」と笑われた。ええ、しています。浪曲の合間に。
いつもの面子で近所にて反省会。さんばらの辰がいかにおもしろい人物かということに話題は尽きる。