翻訳ミステリーマストリード補遺(ミステリー塾1/100)アントニイ・バークリー『毒入りチョコレート事件』

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翻訳ミステリー大賞シンジケートで、拙著『読みだしたら止まらない! 翻訳ミステリーマストリード100』を元にした企画が持ち上がったのは2014年のことだった。札幌読書会の畠山志津佳さんと、名古屋読書会の加藤篁さんが『マストリード』で取り上げられている100冊を毎月1冊ずつ読んでレビューしていくという企画だ。全部読むとなると8年はかかるわけで、大仕事になる。タイトルは「必読!ミステリー塾」に決まり、私に塾長として毎回お二人にコメントを出してもらいたいという話になった。

「ついては『魁!男塾』の江田島平八みたいに、わしがミステリー塾長の杉江松恋であーる、と毎回言ってもらえますか」

え、それを毎回。八年間も。

無理だろう。キャラクターを演じるというのは大変なことで、一見楽なようだが難しい。だって、そのキャラクターが言いそうにないことは絶対に文章化できないのだ。

私もいろいろなキャラクターを演じている書き手を見てきたが、どれも着ぐるみが重すぎて自由にものを喋れていない気がした。キャラクターに頼って内容が薄くてもそれで良しとしている書き手も中にはいる。

「企画をずっとやるなら、それはやめておいたほうがいいです」

と伝え、ごく普通の文章で、マストリードの補遺のような形で「勧進元からひとこと」というコメントを入れるということに落ち着いた。よかったと思う。江田島平八もどきだったら、きっと嫌になって三回目ぐらいで私が逃亡していた。

この企画は2021年10月時点で91回に到達した。あと10回、2022年中にはめでたく結願する。その暁には何か記念になるようなことをできればいいと思っている。

とりあえず、お二人を支援するつもりで、こっちのサイトには私の「ひとこと」だけを再録しておくことにした。最初は短かったのだが、案の定だんだん長くなっていった。もともと好きな作品について触れているのだから当然である。こちらを読んで興味を持っていただけたら、ぜひ畠山・加藤両氏の読書の冒険にもお目通し願いたい。リンクを貼っておくので。

この下が「ひとこと」である。最初は短いぞ。

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まず、このたびは拙著を鍛錬のテキストにお選びいただいたことにお礼申し上げます。

アントニイ・バークリー『毒入りチョコレート事件』は、事件発生から推理で終わる解決までの道筋が単線ではなく、複線に分岐しているという多重解決ものの嚆矢といえる作品です。シェリンガムものの長篇はすべて訳されているので、このあともし余力があれば作品を最初から順番に読み直し、本書までたどりついてみてください。バークリーは天才気取りのシェリンガムに試練を与え、翻弄することを実に楽しんでいます。ミステリーにおける探偵の立場の危うさにいち早く気づき、作品化したのがバークリーでした。

なお、『毒入りチョコレート事件』の原型といわれる短篇「偶然の審判」ですが、発表の順序に確証がないため、短篇が長篇に先んじた、という表現を『マストリード』では用いなかったことをここにお断りしておきます。

さて、次はパーシヴァル・ワイルド『悪党どものお楽しみ』ですね。あのユーモア・ミステリーをお二人がどう読まれるか。期待してお待ちいたします。

『毒入りチョコレート事件』を畠山・加藤両氏はこう読んだ。

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