翻訳ミステリーマストリード補遺(ミステリー塾4/100) ドロシー・セイヤーズ『五匹の赤い鰊』

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存

翻訳ミステリー大賞シンジケートの人気企画「必読!ミステリー塾」が最終コーナーを回ったのを記念して、勧進元である杉江松恋の「ひとこと」をこちらにも再掲する。興味を持っていただけたら、ぜひ「必読!ミステリー塾」の畠山志津佳・加藤篁両氏の読解もお試しあれ。

======================================

ドロシイ・L・セイヤーズのピーター・ウィムジイ・シリーズは、1990年代のミステリー・ブームに全作が訳出されました。それまでも『大学祭の夜』『忙しい蜜月旅行』などの諸作が散発的に翻訳はされていたのですが、それだけではシリーズの全貌を掴むことは難しく、特に代表作『ナイン・テイラーズ』は大部であることも手伝って、なんとなくハイブロウでハイソ(貴族だし)というイメージがあったのです。1990年代に初期作品が読みやすい訳で提供されたことでファンも増え、軽快な探偵小説といった趣きの前期から、人間喜劇の側面が掘り下げられて深みが出た後期への移行過程も明らかになりました。主人公ピーター・ウィムジイ卿は第5作『毒を食らわば』で運命の女性ハリエット・ヴェインと出会い、以降は彼女との関係を描くことがシリーズの主たる関心事の一つになります。そうした形でキャラクターの個性が際立てられ、単なる推理機械ではない探偵の魅力を味わえるのが本シリーズの美点でもあります。

本作『五匹の赤い鰊』は、そういったシリーズの流れからは独立した、異色の作品でもあります。本文中でも指摘されているとおり、謎解きの趣向は本作の2年前に発表されたバークリー『毒入りチョコレート事件』や、クリスチアナ・ブランドの諸作とも共通点を持っています。ピーター卿の出演作なら『ナイン・テイラーズ』だろう、いや第1作『誰の死体?』から順番に読むべきではないか、といった声が出るのを承知で本作を選んだのは、この謎解きの趣向に選者が魅力を感じているからです。フィクションならではの技巧をぜひお楽しみください。

さて次は大物、エラリー・クイーン『シャム双生児の秘密』ですね。期待しております。

『五匹の赤い鰊』を畠山・加藤両氏はこう読んだ。

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存