翻訳ミステリーマストリード補遺(ミステリー塾8/100) パトリック・クェンティン『迷走パズル』

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存

翻訳ミステリー大賞シンジケートの人気企画「必読!ミステリー塾」が最終コーナーを回ったのを記念して、勧進元である杉江松恋の「ひとこと」をこちらにも再掲する。興味を持っていただけたら、ぜひ「必読!ミステリー塾」の畠山志津佳・加藤篁両氏の読解もお試しあれ。

======================================

その昔、パトリック・クエンティンといえば名のみ高くて手に入らない作家の代表格でした。ミステリー入門書にはアイリス&ピーターのカップルが夫婦探偵の典型として紹介され、しかもその間柄が一作ごとに変化していく(どう変わるのかは言いますまい)珍しい例だと書かれていました。今となってはデニス・レヘインのアンジー&パトリック・シリーズなど、男女間のドラマをシリーズの柱にした作品は多く、特筆すべきほどのこともないのですが、当時は新鮮に感じたものです。

本書で出会った二人は以降コンビを組むことになりますが、その連作は1952年に発表された『女郎蜘蛛』(創元推理文庫)で終焉を迎えます。実は同作は、リチャード・ウィルスン・ウェッブ&ヒュー・キャリンガム・ウィーラーの合作筆名としてのパトリック・クエンティンの最終作でもありました。以降はウェッブが脱落し、ウィーラーが単独で書き続けることになります。実を言うとそれ以降に秀作が多い。『女郎蜘蛛』は巻き込まれ型サスペンスのお手本というしかない作品で、主人公のとった行動が後になって自分自身を追いつめることになる伏線回収の手法などが見事に詰め込まれております。このシリーズではピーター・ダルースを「名探偵」と考えるのではなく、事件の中に巻き込まれてしまう視点人物(読者の代理でもある)と見なすほうが小説を楽しめると思います。『女郎蜘蛛』はその到達点。

もちろん本書も、サスペンスとしては秀作です。お二人にもご指摘いただきましたが、登場人物の誰も信用できない五里霧中な感じが実に素晴らしい。精神病院を舞台にした作品の最初期にあたる作品ですが、密閉空間で高まる不安が見事に表現されています。ダルースが「お告げ」のような声を聞くところから話が始まりますが、そうした形で展開の無駄を削ぎ落としているのであり、贅肉のないプロットが楽しめます。もしこれを読んで気に入ったら、ぜひクエンティンの諸作に挑戦してみてください。上に挙げた『女郎蜘蛛』の他『わが子は殺人者』などがお手に取りやすいはずです。

さて、次はレックス・スタウト『料理長が多すぎる』ですね。アメリカが産んだもっともユニークな探偵小説をどう読まれるか、楽しみにしております。

『迷走パズル』を畠山・加藤両氏はこう読んだ。

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存