翻訳ミステリー大賞シンジケートの人気企画「必読!ミステリー塾」が最終コーナーを回ったのを記念して、勧進元である杉江松恋の「ひとこと」をこちらにも再掲する。興味を持っていただけたら、ぜひ「必読!ミステリー塾」の畠山志津佳・加藤篁両氏の読解もお試しあれ。
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山岳冒険小説『アイガー・サンクション』によって日本でも初お目見えしたトレヴェニアンは、その後も『シブミ』『バスク真夏の死』『夢果つる街』『ワイオミングの惨劇』など、毎回作風を変えながら納得の佳品を提供し続けてくれました。寡作ぶりに首をひねったものですが、本業が大学教授と判って思わず納得。小説は余芸だったわけですが、一作一作がそれぞれのジャンルのベスト級という出来であり、量よりも質で勝負した作家というべきかと思います。
『夢果つる街』が発表された当時は、警察捜査小説のおもしろさが日本でも浸透し始めた時期でした。マイクル・Z・リューインのリーロイ・パウダーものが人気を博し、現実感を重視した描写や人物造形に重きを置く創作姿勢などに注目が集まったのでした。それらの警察捜査小説の代表格としても本作は重要な位置づけにあります。個人的にはラポワントが保護した少女に接するやり方にも当時感心した覚えがあります。トレヴェニアンの多岐に渡る作風を一言で表わすのは難しいのですが、共通するのは大人の常識が貫かれていることではないでしょうか。彼の作品が一向に古びる気配もまく、いつ読んでもおもしろいのは、そのへんに理由があるのかもしれません。