翻訳ミステリー大賞シンジケートの人気企画「必読!ミステリー塾」が最終コーナーを回ったのを記念して、勧進元である杉江松恋の「ひとこと」をこちらにも再掲する。興味を持っていただけたら、ぜひ「必読!ミステリー塾」の畠山志津佳・加藤篁両氏の読解もお試しあれ。
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スティーヴン・キングの翻訳開始は1970年代の後半でした。日本で〈モダン・ホラー〉という概念が拡散・定着していったのはハヤカワ文庫NVの〈モダン・ホラー・セレクション〉刊行が開始された1987年以降のことと記憶していますが、その時点ですでに多数の作品が翻訳されており、一般にも名の通った作家となっていました。ホラーというジャンルにキングが刻んだ功績の大きさについては改めて言及するまでもありませんが、対読者ということで考えると、むしろブロックバスターとしての影響を評価すべきではないかと考えます。
スティーヴン・キングはブロックバスター、すなわちジャンルをまたいで読まれうる巨大な作品の書き手です。たとえば1975年の長篇『呪われた町』は、ホラーのあるサブジャンルを現代版に換骨奪胎して蘇生させた作品ですが、同時に一地方都市を多面的に描いた群像小説としても読むことができます。こうした、社会集団全体を一つの枠組みで切り取って見せるような長篇をキングは好んで書きます。彼を一口で言うならば「すべてを書き尽くしたいという異常なまでの執筆欲に取り憑かれた作家」ということになるのではないでしょうか。デビュー当時から持っていたこうした傾向に魅了され、ホラー、もしくはミステリーというジャンルについての認識を改めさせられた読者は少なくないはずです。キング以前・キング以後でこのジャンルの小説が内包しうる世界の大きさ、つまり舞台の規模や人間関係の複雑さ、全体を支配する論理構成といったものは明らかに変わりました。そうした作家への入門書を何にすべきか迷いましたが、入手しやすさと知名度を配慮して『シャイニング』とした次第です。
図らずもキング以前・キング以後という書き方をしたところで、この連載もちょうど節目の50回となったようです。『マストリード』を出したときはまったく意識していなかったことなのですが、『シャイニング』が折り返し地点になるというのは節目としてちょうど良かったのかもしれませんね。