杉江松恋不善閑居 「玉川奈々福の目からウロコの浪曲講座」第一回

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某月某日

今抱えている仕事。インタビューの構成×3(イレギュラー2、文庫解説1)、レギュラー原稿×4。イレギュラー原稿×2(調整待ち、書評)、ProjectTY書き下ろし。下読み×2。

やらなければならないこと。主催する会の準備×1。

午前中に「ミステリちゃん」の収録準備があったためか、昨日は午前4時前に目が醒めてしまった。そのまま仕事に入って収録も終え、午後は「玉川奈々福の目からのウロコの浪曲講座」を聴きくため高田馬場に新設された寄席・ばばん場へ。そんなわけで力尽きてしまい、昨日は原稿が進まなかった。言い訳である。今日頑張る。夜に新宿で朝日カルチャーの講座があるから、それまで頑張る。古本屋とか行かない。たぶん。

上に張った動画が「ミステリちゃん」2022年2月号・その1である。その1からその3まで一日に公開すると、だんだんPV数が落ちる傾向があるような気がするので、今月は試しに一日一本で公開してみる。その2は2月15日午前6時公開なので、よろしくどうぞ。

「玉川奈々福の目からのウロコの浪曲講座」第一回目は、浪曲の成り立ちを古代から時系列を追って解説していくという内容で、冒頭に「今日は明治の終りまでしかいけません」と講師が宣言した。順を追って話していき、途中で貴重な音源も流された。実際に耳で聴くと理解が進む。でろれん祭文や説教節はそれぞれが浪曲の関東節、関西節の源流になっているという説がある。聴くとたしかにその流れを感じさせるところがあるのだが、音源が明治後期になってからの採録であるところに注意すべきで、奈々福さんも「浪花節・浮かれ節が流行してから、語り手が逆にそれを採り入れた可能性がある」と指摘していた。フォークロアが時事や流行を取り入れて変化していくのと同じだ。文化人類学者が調査に行くと、その行為自体が汚染源となって、次第に説話が変化していく。それと同じことがたぶん、でろれん祭文や説教節にも起きただろう。だからといって、今残っている音源が貴重であることには変わりがない。

最後に正岡容同題の短篇を奈々福さんが浪曲化した「浪花節更紗」の実演があった。事前に短篇を読んでから行ったので気づいたが、最後に浪太郎が読む台本は、容は「慶安太平記善達京戻り」にしている。これを奈々福さんは同じ慶安太平記でも「三島宿」に変えていた。後者のほうが笑いが多くて、寄席で客を受けさせた、という流れに向いていると判断したからだろう。こういう細部の改変がおもしろい。

※上記に関して、奈々福さんからコメントをいただいたので付記。なるほどねー。

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