杉江松恋不善閑居 浅草木馬亭三月公演初日

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某月某日

今抱えている仕事。レギュラー原稿×2。イレギュラー原稿×3(調整待ち、エッセイ、文庫解説)、ProjectTY書き下ろし。下読み×1。

やらなければならないこと。主催する会の準備×1。

書き下ろしを少し進めたところで構成上の難を解決する案が浮かばず、時間切れになって浅草へ。木馬亭三月定席の初日である。日本浪曲協会80周年記念公演が今年は毎月開催される。歴代会長ゆかりの人やネタが掛けられる日で、この日は四代目天中軒雲月顕彰の日。ひさしぶりに初日に開口一番から聴く。

関孫六伝恒助丸の由来 天中軒すみれ・沢村豊子

海の男 天中軒景友・沢村博喜

子別れ峠 国本はる乃・沢村美鈴

三日の娑婆 浜乃一舟・東家美

仲入り

母の幸せ 天中軒月子・沢村豊子

名君と名奉行 神田山吹

文七元結 東家三楽・伊丹秀敏

中山安兵衛婿入り 天中軒雲月・沢村美鈴

天中軒雲月は明治年間の人で、唐津から出て天才少年浪曲師として爆発的な人気を得た。病を得て36歳で現役を退き、50歳で亡くなるまで舞台には立たなかった。引退後に跡目争いが起き、天中軒如雲月が勝手に二代目を名乗り始める。これに対して、天中軒雲月嬢といった妻に二代目を名乗らせたい興行師の永田禎雄が直談判をし、一時は険悪な関係になっていた、というのは月刊浪曲掲載の四代目東家三楽インタビューの受け売りである。結局如雲月が折れて、空き名の二代目東家三楽を継ぐ。現在の日本浪曲協会会長はその五代目だ。天中軒ばかりのところに会長が入っているのはそれが理由である。

二代目天中軒雲月は、少女浪曲師として売れた元・藤原朝子の天中軒雲月嬢だが、戦後になって永田禎雄と離婚すると伊丹秀子を名乗った。伊丹とつく浪曲師・曲師はすべてここが源流で、浜乃一舟こと伊丹秀敏は秀子の直弟子である。曲師として長い経歴を持つ秀敏の人生は、文字資料として残さなければならない。

国本はる乃は、師匠・国本晴美の夫が元・天中軒龍月で、その縁で後に夫の師匠であった四代目雲月の門下に入ったらしい。「子別れ峠」は五代目雲月から貰った外題の由。

当たりの日でどの演者もよかった。本日の主役である天中軒一門は、すみれ・景友とも以前に聴いたときよりも節回しが格段によくなっていた。「海の男」は先代雲月の持ちネタだが、四代目の代名詞であった熱演を意識して、かなりドラマティックであった。三味線の澤村博喜が、最近の若手曲師には珍しく掛け声を大きくしっかり出していたのも印象的だった。この二人のコンビはいいのではないか。月子は複数の登場人物を二代目を意識した七色の声で演じ分けて、長男の妻などは思わず笑ってしまうほどの薄情さでこれまた感心した。最近は天中軒系の人情ものを多くかけられるが、多少の笑いも交えて最後に泣かせる演出というのはこの人向きだと思う。五代目は文句なしの名演、途中わざとゆっくり間をとって、お客に美舟の三味線を聴かせる余裕まであった。

はる乃の「子別れ峠」は途中の語りを一人芝居風に聴かせるくだりなど、工夫があってこれもしっかり自分のものにしている印象。特に前半はこれまで聴いたことがなかった節回しもあったように思う。三楽会長の「文七元結」はずっと以前に一回だけ掛けたネタを引っ張りだしてきたとかで、あの地位で努力を惜しまない姿勢には頭が下がる。長兵衛親方が落語よりもやや常識人風に見えたのは、浪曲という芸能の質ゆえだろうか。「三日の娑婆」は安心の秀敏ビームを浴びるべきお外題。途中で「戸を蹴破って」親父が飛び込んでくる場面が私はお気に入り。おとっつぁん、ワイルドだぜ。「名君と名奉行」は玉川一門の「阿漕ヶ浦」である。

浪曲を聴いているうちに、詰まっている展開を打破する案が思いつき、帰宅してから二時間ほど没頭。進捗率70.00%。ついに残り30%のところまできた。

浪曲は蘇る:玉川福太郎と伝統話芸の栄枯盛衰

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