某月某日
今抱えている仕事。レギュラー原稿×2。イレギュラー原稿×3(調整待ち、エッセイ、文庫解説)、ProjectTY書き下ろし。下読み×1。
やらなければならないこと。主催する会の準備×1。
やらなければならないことは多々あるのだが、とりあえず浅草木馬亭三月定席四日目。
秀吉の母 東家千春・水乃金魚
鬼山姥紅羽織 富士綾那・伊丹秀敏
クラシカ浪曲「歓喜の歌」 港家小ゆき・沢村道世
孝子庄吉 鳳舞衣子・伊丹明
仲入り
小田原情け相撲 東家一太郎・美
依田孫四郎 田辺凌天
萩の餅 三門柳・伊丹明
源太時雨 東家三楽・伊丹秀敏
この日の収穫は「孝子庄吉」である。赤穂義士銘々伝に入る外題で、神崎与五郎の少年時代を描いたものだ。浪曲以外で聴いたら絶対に納得しないだろうという筋立てを力づくで聞かせてしまう。この日は鳳舞衣子さんの呼吸がよく、一息ごとに話に引き込まれていく感覚があった。間の勝利だな、と思う。どういうことだ、と思わせておいて最後のバラシに突入。親子の情愛も十分に感じさせ、泣かせておいての大団円が見事だった。いちばんの大受けをとったのは東家一太郎・美のコンビで、節づけでいちいち拍手が湧き起こる。こういうのは演者も気持ちがいいだろうな、と思った。
「歓喜の歌」はベートーベンを主人公にした小ゆきさんのオリジナル。途中で「歓喜の歌」独唱部分が入るため、もともと音楽をやっていた小ゆきさんに嵌まる外題だ。これまで沢村豊子、佐藤貴美江のお二人で聴いたことがあったのだが、この日は若手の沢村道世、先日の天中軒景友を弾いた沢村博喜もそうだが、若手や中堅の浪曲師が同世代の曲師と組んで既存のものを再構築したり、新作に取り組んだりしているのを見ると、未来に向けての布石のようで実に好ましい。沢村一門だと二番弟子の美舟が上の世代から引っぱりだこになっている印象があるが、その下もがんばっている。木村勝千代・沢村まみの組み合わせに、ひそかに期待するところがあったのだが、港家小ゆき・沢村道世、天中軒景友・沢村博喜もいいのではないか。腰を据えてやってみてもいいように思う。
三楽一門は「秀吉の母」がお初。15分とあってさわりだけを切り出したような印象だったが、もっと聴いてみたい。いろいろ工夫をする演者なので、完成形が楽しみである。「鬼山姥紅羽織」はすでに安定感のある演題。これはルッキズムの話でもあるから、現代的な集まりのところでも演じることができる。強い武器になると思う。トリは安心の「源太時雨」。勝気だけど可愛い女と惚れた女のために身を引く強い男という組み合わせが心地よくて、いつでも楽しく聴ける。この日もおおいに盛り上がって終幕。
講談についての言及がないのは、ちょっと抜け出して別の場所に行っていたため。西浅草3丁目に日輪寺という時宗のお寺がある。ここに鈴木照子の墓があるので、お参りをしていたのだ。木馬亭が終演してからだと大門が閉まってしまうというので、途中で行ってきた。
鈴木照子は1937年デビューだが、初舞台を踏んだのは7歳のときだった。天才少女浪曲師として頭山満にも可愛がられ、6ヶ月のハワイ公演にも行っている。戦後になって体調を崩してほとんど活動していないのは残念で、音源を聴くとその声には驚かされる。戦後に活動をしていたら間違いなく大看板になっただろうし、天津羽衣や伊丹秀子に並び立って関東浪曲界の歴史を変えていたはずである。悲運の人と言っていい。近くにあるのにお参りをしたことがなかったので、ちょっとご挨拶をしてきた。