杉江松恋不善閑居 寺尾・のせ書店

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某月某日

今抱えている仕事。レギュラー原稿×3。イレギュラー原稿×4(エッセイ、書評、文庫解説×2)、ProjectTY書き下ろし。

やらなければならないこと。主催する会の準備×1。

沼垂テラスを出たあたりで道がよくわからなくなり、ちょっとさまよっているうちにバスが捕まえられて新潟駅までたどり着いた。ここから上越線に乗る。新潟駅は現在大規模な改修工事中なのだが、そのせいなのかホームが固定されておらず、どの線がどこに来るのか、案内板を見ないとわからない。来たものに乗ってごとごとと西を目指す。

何駅目かで寺尾駅である。毎回この駅名が出てこなくなり、「ルビーの指環」と頭に思い浮かべて、寺尾聡、あ、寺尾駅だ、と正解に到達する。駅を北口に出て、線路沿いに右のほうを見るともう看板が見える。中古本専門のせ書店である。

なんの変哲もない町の古本屋さんである、と前情報を得ていたのだが、店に入った途端に頭が沸騰する。まるでタイムスリップして昭和末期に戻ったかのようだ。棚で区切られた店内は文庫本とコミックが主力なのだが、そこに当たり前のようにお宝が紛れ込んでいる。たとえば片岡義男の角川文庫、あの赤い表紙がずらっと並んでいたりする。高校生のころ、近所にブックセンターいとう東中野店ができた。まだチェーン展開する前の、民家を改造した作りだったころの店は、質よりも量で勝負、という経営者の主張が明かな品揃えだった。それを思い起こさせる。いや、のせ書店のほうが実はきめ細やかだ。その証拠に本は五十音順に綺麗に整列している。おそらく閉店後などにこまめに整理整頓しているのだろう。文庫棚のいたるところに「半額」と書かれたシールが貼られている。おお、これが半額なのか。たまらん。

壁際にあった新書棚でお宝を発見した。堤芳郎『いたずら人間入門』(青春出版社プレイブックス)である。堤芳郎はどうでもいいのだが、挿絵がモンキー・パンチだ。しかもほぼ全ページといっていいほどたくさん入っている。モンキー・パンチ本と言って差し支えないであろう。当然購入する。その横に単行本棚がある。ここにあったのが新日本出版社の藤原審爾『まだ愛を知らない』上下巻だ。もしかすると持っている本かもしれないが、そんなことは関係ない。見つけたら買うのである。新日本出版社は共産党系の本を出していることが多いのだが、藤原本もけっこう刊行している気がする。何か関係があったのか。後で調べよう。これは1984年だから、けっこう晩年の本である。もしかすると、と思い文庫棚に戻って見てみると藤原審爾があった。あるか、この店なら。春陽堂文庫『泥だらけの純情』が映画帯付きである。新潮文庫『死にたがる子』もあった。これはたしか単行本で持っているが、逆に文庫のほうが珍しいかもしれないので買うのである。

合計五冊を持って帳場に行くと、店主が意外なことを言いだした。

「店内は百円だから、五冊で五百円ですね」

え、半額じゃないのか。びっくりして振り返ると、パイプ椅子の上に置かれた掲示に、たしかにその旨が書かれている。どうやら定期的にセールをやっているらしい。なんでも百円のときにたまたま来合わせたのだ。急いで戻って片岡義男とかごっそり持ってこようかと思ったが旅先であることを思い出して自重する。家の近所だったら間違いなく買っていたな。命拾いをしたな、のせ書店。

五百円を払うと店主はさらに驚くことを言いだした。

「これはサービスで差し上げてまして。もしお読みになるものがあったら」

と文庫本を見せてくる。もうやめて。どこまでサービスすれば気が済むの。幸い見せられた中には欲しい本がなかったのでそう伝えると、さらにもう一箱を突き出してきた。

あ、西沢爽『雑学 明治珍聞録』(文春文庫)だ。

これを見せられちゃ仕方ないなあ、と手に取って「いただきます」と言うと、店主はようやく嬉しそうな顔になった。とにかく本を手渡したいようだ。なんていい店なんだろう。近くにあったら毎日来るのに。

新潟市内の人は絶対にこの店を大事にすべきだ。次に行くときにも必ず再訪する。ありがとう、のせ書店。

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