杉江松恋不善閑居 国立「三日月書店」・「ユマニテ書店国立店」

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某月某日

今抱えている仕事。レギュラー原稿×4。イレギュラー原稿×2(エッセイ、評論)、ProjectTY書き下ろし。

やらなければならないこと。主催する会の準備×1。

レギュラー原稿はとりあえず措き、書き下ろしを進めることにする。あまり時間がないのだ。予想通りそれほど書けなかったがやむをえぬ。午後二時頃から外出。中央線に乗って立川へ。多摩モノレールの高松駅にちょっとした用事がある。時間があるので歩くことにした。立川大通りを北上していくと左に古本屋がある。今や立川駅近辺では唯一になってしまった地球堂書店だ。

白いカバーがかけられて何も置かれていない店頭平台、店内に積まれた全集には見事な墨跡で掛け紙と、特徴だらけの店である。道に面した棚には日光避けなのか段ボールで覆いがされている。陳列された本にはほとんどすべてハトロン紙が掛けられていて、なんとしても護るぞという意志を感じる。壁際の棚は右手前が文学などの軽いもの、奥から左側にかけては歴史関係などの人文科学書が多い。中央島は文庫が主だが、これまたハトロン紙で保護されている。角川書店海外ベストセラー・シリーズのアンソニー・デイヴィッド『ミッドナイト・ゲーム』があったので購入。『真夜中の女』の作者だが、これは文庫化されていなかったはずだ。小鷹信光ハードボイルドなので必要な本である。

高松で用事を済ませて再び立川駅へ。帰宅するのだが、ふと思いついて国立駅で降りる。学生時代の一時期を過ごした駅だ。もっとも足しげく通った矢川書店は今はないが、跡地に三日月書店というイスラム系にやたらと強い古本屋が出来ている。めぐり合わせが悪くてまだ未訪だったのである。グーグルマップで確認すると18時閉店とある。今は17時45分、間に合う。

国立市の駅前は个という文字のようになっている。縦棒が一橋大学に続く大学通りだ。歩き始めて数分後に気が付いた。三日月書店は傘の右側なのに、左側に来てしまった。閉店時刻まではあと数分。やむなく大学通りを横切る形で走り始めた。国立で走ったのは学生時代以来ではないだろうか。なんとか18時数分前に三日月書店に滑りこめた。

店頭には均一棚。ハヤカワ・ミステリのロバート・ファン・ヒューリックが数冊あったので購入する。持っていると思うが、安かったのである。店内は真ん中に島を置いてそれを取り囲む棚があるレイアウト。噂に聞くとおりイスラム系の古書が多く、海外文学や旅行書、地誌、人文科学書や語学書などが並ぶ。もっと時間をかけて見たいところだが、何せ18時閉店のはずなので、急いで会計を済ませる。店主に「ここは矢川書店があった場所ですよね」と訊ねると聞かれ慣れているのか「もう閉店して八年になりますね」という答えが返ってきた。

そこから傘の払いをさらに進んでいく。ずいぶん時間が経っているし、どうかな、と思ったが無事に存在していてくれた。ユマニテ書店国立店だ。最後に来たのは大学時代のはずだから、最低でも30年は経っている。よくぞいてくれた。

店内は中央の棚で左右に振り分けられる形で、右のゾーンは海外文学が強く、左はさまざまな趣味の本から専門書を取りそろえる。途中には国立らしく山口瞳のコーナーもあった。中央は右側が文庫を主に置いた棚で、前後二列になっているのでずらして中を覗いていく。ここである程度の拾い物があった。左の棚には藤原審爾『遺す言葉』が。持っているかもしれない。いやたぶん絶対持っている随筆だが、この値段ならまあ買ってもよかろう。新潮社『波』連載をまとめた本で、藤原の死後に発売された。最終章は「死について」。あら、すらすら出てくるところを見ると持っているな。というか既読だな。まあ、いいか。品のいいご婦人の店主に勘定をしてもらい、外に出る。

懐かしくていろいろ見ながら歩いていたら、みちくさ書店には間に合わなかった。18時45分閉店なのだそうだ。おとなしく中央線に乗って帰宅する。

今月も更新されました。「ミステリちゃん」2022年3月号その2です。

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