某月某日
今抱えている仕事。レギュラー原稿×1。イレギュラー原稿×2(エッセイ、評論)、ProjectTY書き下ろし。
やらなければならないこと。主催する会の準備×1。
ここ数日、仕事読書ばかりで原稿をぜんぜん書けていなかった。奮起して午前中にまず一本。書類仕事を挟んで昼食、その後二時間ほど外出し、戻ってきてもう一本。時刻は午後五時で、まだ余力があったのでさらに一本。三本書けてどうにかこうにか格好がついた。
外出をしたのは学芸大学の流浪堂がこの日までの営業だったからで、なんとか行っておきたかったからだ。前にも書いたとおり、閉店してしまうわけではない。今入っている建物が老朽化のため取り壊されることが決まった。新しい入居先が決まるまでのお別れということになる。いわば門出の日なので、ご祝儀代わりにいろいろ買わなくては。
到着すると、まだ開店して間もないこともあってそれほど客の人影もなかった。混雑が予想されるので早めに来て正解だった。さっそく中に入る。備忘のために書いておくと、店頭にはグラフ誌系のバックナンバーと均一棚があり、入ると右側にまず絵本のコーナーがある。右棚はさらに児童文学、地誌・民俗学、地理、初版などを含む文学と奥に行くにしたがって変わっていく。左側は手前から世界の地誌・動植物誌・山岳、社会問題・風俗、ストリップなどを含む性風俗、芸能、音楽、舞台・映画、図録や大型本というように並んでいる。中央に二本の棚。右の一本は壁を向いているほうが食などの生活文化や日本の小説、内側が古い文化の写真集や世界文学という並びだ。もう一本の棚は壁を向いているほうがサブカルチャー全般、手前から性風俗やオカルト、音楽、プロレスなどのスポーツ、奇術・賭博といった感じで、内側には古い漫画なども並ぶ。奥にもう一列の中央棚があって、右側が日本文学の文庫、左側がミステリーなどの文庫と文学評論という具合である。このように書くと整然と棚が並んでいるイメージだが、これらはモザイクのように組み合わされ、グラデーションを描いていた。ところどころにあえて、掘り返しやすいように本が積まれているところもあり、発掘の楽しみが味わえるのであった。
この日は最初から目当てがあり、先日来た際に確認していた『桂三師爆笑落語大全集』(レオ企画)の全八巻揃いをまず手に取る。角川文庫版もあるが、綺麗な元版があったのでこれで買っておくのもよかろう。ついでに芸能の棚を見ると、亡くなった笑福亭仁鶴の『仁鶴の鼻ちょうちん』(六月社書房)と『仁鶴の落語』(講談社)がある。いずれも値段がちょっと折り合わずに見送っていたのだが、今日はご祝儀だ。買ってしまえ。さらにその横に『桂枝雀のいけいけ枝雀、機嫌よく』(毎日新聞社)を認める。これは気づかなかった。よし、買おう。
これで本命は手にしたが、一応全棚を再確認しなくては。本の塊を手に蟹歩きで移動していたら、店主が飛んできて帳場に見つけたものを預かってくれた。ありがたい。ありがたいが手ぶらになるとさらに何かを掴みたくなるのも人情だ。じっと見ていると幻想文学の棚に朝里樹『歴史人物怪異談事典』(幻冬舎)が。歴史上に実在した人物が怪異譚に登場している例を拾った事典で、これはネタ本として秀逸である。高いんだろうな、と思いながら見ると、思ったより一桁低かった。ややムレていて、状態が悪いかららしい。愛蔵するのではなく使い倒すつもりだからまったく問題ない。ありがたく頂戴することにした。
さあ、あともう一つ何か。じろじろと棚を見て歩く。そろそろ人も増えてきて引き揚げ時ではあるのだが、ここが辛抱のしどころである。粘り強く探していたら、工芸の棚で発見があった。『名工左甚五郎』(巧人社)は1948年の刊行で、背に貞山・伯鶴監修とある。一龍斎貞山は落語協会会長も務めた六代目が1945年に亡くなっているから、これは貞鏡の七代目かとも思うが、共同監修が大島伯鶴なのでそうではない気もする。二代目伯鶴は1946年に亡くなっているからだ。おそらくこれは六代目と二代目が監修として関わっていたものが、没後に刊行されたのではないか。もしくは名前貸しだけという可能性もある。いずれにせよ講談関係資料として必要だ。こういう本が芸能ではなく、工芸の棚に並んでいるのが流浪堂のおもしろいところだった。知への欲求を刺激され、本棚巡りが楽しくなるのである。
勘定を済ませて店主にしばしのお別れを言う。ポイントカードが溜まってさらに余りが出たのは使わずに再開の日まで大事に取っておく。旧店舗のレイアウトを描いたハンカチを頂戴し、辞す。帰って原稿を書かなければ。