杉江松恋不善閑居 天中軒景友独演会「もののふの実相」・鎌倉「公文堂書店」

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許可を得て撮影しています。

某月某日

今抱えている仕事。レギュラー原稿×4。イレギュラー原稿×3(エッセイ×2、評論)、ProjectTY書き下ろし、ProjectTH書き下ろし。

やらなければならないこと。主催する会の準備×1。

午前中に出なければならないので原稿は書けず、急ぎ鎌倉へ向かう。大河ドラマが放映されているためか、人出が多い印象の鎌倉駅を抜け、由比ガ浜方面へ。駅から歩くこと約七分ほどで公文堂書店に到着する。この地域を代表する古本屋だ。だいぶお店は少なくなったがここと、逗子の古本イサドととら堂、県立大学前の港文堂書店がある限り湘南方面の古本文化は大丈夫だ。

店は大きく、三列の通路から成る。中央は右に日本人作家を多く配した文庫や比較的新しめの文学、新書類、左に戦争関連を含む歴史や映画などの芸術、戦前の黒っぽい本がどっさり置かれた棚やその前の紙もの平台といった具合になっている。中央右奥には稀覯書を陳列したガラス棚がある。まずは日本人作家の文庫を見る。おもしろいのは、松本清張のようにまとまった数がある作家は、平台にひとかたまりに積んであることで、その山と山の間が離れているので、顔を近づけてみれば何が置いてあるか一目瞭然である。さながら石碑を読んでいるが如し。ここで持っていないかもしれないがあまり自信がない水上勉を拾う。奥のガラス棚を見て変化がないか確認してから右通路へ。

こちらは壁際が店頭に近いほうが五十音順の日本作家古めの単行本、店奥が広義のサブカルチャー本となっており、古典芸能の大きなエリアがある。漫画などはほとんど置いていないが、芸能棚の左隣にトキワ荘作家など古い本の棚が一列。壁と相対するゾーンは海外作家の文庫や評論、その他芸術系や実用書である。芸能の棚に浪曲研究家・芝清之の本名、柴清名義の自費出版本『茶色の眼』を発見した。歌舞伎などの観劇記が主だが、浪曲に関する記述もある。ダブりなのだが持っていない人がいると思うので、手元に置いておくことにする。もう一冊、これも自家本で『三吉橋界隈のこと』(疾風怒濤社)を見つけた。横浜の三吉演芸場創立五十周年を記念して有志によって作られた同人誌である。これは貴重だ。浪曲のことは出ていないかもしれないが、ありがたく頂戴する。左通路は壁際が人文科学書、相対するのが海外作家の古い本で奥に進んでいくと郷土資料の棚になる。ここも見落としがないようにじっくり確かめた。

お勘定をして外に出る。三上延のビブリア古書堂シリーズを読んで北鎌倉を訪れても古本屋は現在ないが、この公文堂書店と游古堂、古書くんぷう堂があるので足を運んでみてもらいたい。栞子さんはいないが、三店とも女性が店主である。

鎌倉駅まで戻って金沢八景駅行きのバスに乗る。四つめの停留所、岐れ道で下りて北東を目指す。旧村上邸という会場で天中軒景友独演会「もののふの実相」なのであった。天中軒景友は鎌倉御家人長尾一族の末裔である。あの上杉謙信にもつながる血筋だ。その長尾一族の歴史を自ら浪曲化して語るというのである。これは珍しいのでぜひ聴かねばならぬ。入ってみると元は能舞台であったという会場はいっぱいのお客様で埋まっていた。だが、いつも顔を見る浪曲ファンはほとんどおらず、顔見知りのTさんだけである。浪曲ファン以外でこれだけ人を集めたのならそれはそれでたいしたものだ。

長尾本東鑑「石橋山の戦い」天中軒景友・沢村美舟

曽我物語「五月雨富士」坂麗水(薩摩琵琶)

長尾本東鑑「公暁討ち取り」天中軒景友・沢村美舟

源頼朝は石橋山の戦いで平家討伐の兵を挙げたが惨敗する。そのときに九死に一生を得たときのエピソードを語るのが「石橋山の戦い」で「公暁討ち取り」は三代将軍実朝を手に掛けた公暁討伐の物語。どちらも長尾一族の視点で語られるのが新鮮である。そこに薩摩琵琶が挟まる構成もいい。浪曲初心者が多かったこともあってか、一話目は外題付けの節ではなくてナレーションから入った。言葉遣いに戸惑う人も多いからいい選択だと思う。天中軒一門のお家芸である雲月節は「公暁討ち取り」まで温存。人が多いこともあって反応もよく、要所では景友のドスがきいた啖呵に拍手が飛ぶ場面もあった。良い会である。また来年開催されるとのこと。

終了後は関係者に挨拶を済ませてとっとと鎌倉駅に戻る。都内で若林踏氏と「ミステリちゃん」の収録なのである。無事に時間通り到着してあれこれと話す。

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