杉江松恋不善閑居 環境は自分で変えないと悪口しか言えなくなる

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某月某日

今抱えている仕事。レギュラー原稿×6。イレギュラー原稿×5(エッセイ、解説、書評×3)、ProjectTY書き下ろし。

やらなければならないこと。主催する会の準備×1。

木馬亭で聴いた浪曲のこともメモとして書き留めておくべきなのだが、ちょっと手が回らない。ここのところやらなければならない事務作業が増えて、そちらに時間を取られている。事務作業というより年齢相応に発生した義務に伴うもろもろというべきか。三十代のころは想像だにしなかった類のしがらみに絡めとられているのを日々感じる。それに対する好悪の感情というものはなく、そういうものなのだな、と思うだけだ。これを解決したければ有効な手段はただ一つで、下品な言い方になるが金を払うしかない。金でしがらみを断ち切るのは決して悪いことではなく、社会的に善と見なされる行為の一つでさえある。

誤解の余地なく書くのが難しいのだが、これからの十年は、それまでとは違う人間関係や環境を作ることを意識して行動しようと考えて、少し動き始めた。仕事に限らず、諸事において何でも頼まれればやるという姿勢だったのをちょっと改めて、何かを受けたために他のことに割く時間がなくなる、という事態をできるだけ回避していこうと思っている。お座敷がかかること自体はとてもありがたいのと、少し先の自分が何を依頼されるか、どんなことが可能になるかがわからないために、目先の依頼はすべて受けてきたのである。でも、だいたい自分がどういう風に見られているのかはわかるわけだし、できることとできなそうなことの区別ぐらいは馬鹿でもない限りはそろそろわかって然るべきだ。なので、なんでもかんでもまずはやってみるという姿勢は必要なくなったのである。もう一つ、私が必要とされる場のために余裕を作っておくという意味もある。

これまでは漠然と、自分が作る以外にも物事に道筋をつけてくれる人はいるような気がしていた。自分が作るのはあくまで副次的な道筋で、主筋は誰かもっと偉い人が作ってくれるような気がしていたのだが、どうやらそうではないらしい。私が作ってもらいたい道筋は、先人たちは作らないらしいのだ。三十代のころは半信半疑であったが、最近になって確信に変わった。自分が快く感じるような環境は、待っていてもできないのである。もっと早く見切るべきだったかもしれないし、そのことに気づかないほうが幸せだったかもしれない。しかし、それを言っても仕方ない。気づいたし、見切ることにしたのだ。

なんだよー、やらないのかよ、と言いたい気持ちはあるのだが、言ったところで何もしてくれないことには変わりない。そこは諦めた。愚痴になるだけだ。自分でやるしかない。自分で開拓しない道は金輪際通れることはない。恐ろしいことだが、それが事実だとこの数週間でわかった。下手をすると、死ぬまで道は開通しないらしい。あと何年文筆業者として生きていくのかわからないが、それは恐ろしいことだ。なので、自分で開通の努力をするしかない。人間五十を過ぎるとそういうことになるのだな、とちょっと感慨深い。もしかすると、この発見に耐えられない人が転身していくことになるのかもしれない。だが、他にできる仕事はないので、しばらくはこれでやっていくしかあるまい。

あと三年で環境を変えてしまうというのが今の使命だと考えている。できない、というかしても仕方がないことは辞める。やれば向こう二十年の未来が見えることだけやる。おつきあいでやっていたものからは撤退して、その分の体力を別のところに振り分ける。そうしないと、やりたいことができない、世の中が悪い、と自分以外を憎む六十歳になりそうな気がして怖い。準備はちゃんとしたからできないのは自分が悪い、と納得できる十年後を迎えることにしようと思う。

誤解を招くといけないので書いておくが、東方の二次創作と浪曲を聴くのはやらなければならないことなので辞めない。これは人生を稼働させるための燃料だから必要なのだ。辞めるべきは他のことである。

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