某月某日
今抱えている仕事。レギュラー原稿×4。イレギュラー原稿×2(エッセイ、解説)。
やらなければならないこと。主催する会の準備×1。
八月に出る新刊の再校ゲラに手を入れて、請求書を一本送り、今夜のトークイベント用の資料を作ってしまうともうそれで時間はなくなる。原稿を書きたいが、間に合うかどうか。
昨日の続き。先日の大阪行の話である。
午後四時少し前、文の里居留守文庫でその日新規開店するという古本屋のチラシを入手した。後で知ったが、居留守文庫やみつばち文庫、阿倍野の書肆七味などにも棚を出している、ヴィスナー文庫というお店らしい。それが実店舗を開いたのだ。住所は阿倍野区松虫通3-3-12、居留守文庫の店長に聞くと阿倍野区の中でも西成区寄りの場所らしい。Kさんとの待ち合わせ時刻は午後四時半、これは間に合うと判断した。行くのに十分、店を見るのに十分、待ち合わせ場所まで十分だ。
店を飛び出し、大きな道に出る。なかなかつかまえられなかったが、タクシーが一台来た。乗り込んで松虫通と告げるが反応は芳しくない。ナビを入れてもらったが、運転手さん曰く、ここは一方通行が多くて難しいですわ、とのこと。その言葉通りで、曲がりくねった道をぐるぐると周ることになった。到底車が入れそうにない道をタクシーは進んでいく。
「ここね、車入れますわ。ほら、電柱をこすった跡があるでしょう」
なるほど、たしかに。しかしこするほど狭い道のわけである。
「これだと、現地に車を止めておけるかどうか」
「まあ、向うに行って考えましょう」
と運転手さんは頼もしい。
結局十分ほどで目指す場所についた。緑地公園と中学校に挟まれた場所に店はあるはず、なのだが、テラスハウス風の家が並んでいるだけでそれらしい場所はない。
「そしたら、そのへんで待ってます」
タクシーは来た道を戻っていく。車は絶対に入れない小道、というか、住宅の前の鋪道を歩いて入っていくと、数軒先にたしかにあった。一階に、みんなの図書室ほんむすび、という置き看板が出ている。その扉を開けて聞くと、上がヴィスナー文庫だという。やった。ここだ。
二階に続く扉を開いて階段を上がる。内装を剥がしたあとのような状態で、木組みが剥き出しになっている。これはそのままにしておくのか、それとも後からまた壁を張るのか。上がり切ったところで左を見ると戸があった。開けて中に入ると、品のいい初老の男女が。
「ヴィスナー文庫さんですか、今日開店と伺ってまいりました」
「おお、こんな見つけにくいところによくぞ」
どちらからですか、と聞かれたので、東京からです、と答えると驚かれた。そりゃそうだ。店は正方形に近く、真ん中に平台、四囲の本棚はまだ埋まり切っていないが、テーマ別に分けようとしているところらしくて、なかなかに趣きがある。小説単行本のコーナーから『アメリカンミステリ傑作選』(DHC)を、次いで本の本コーナーらしきところから梶山季之『せどり男爵数奇譚』(ちくま文庫)を取って帳場へ。新装開店の古本屋にやってきて買うにはこれほどふさわしい本はないだろう。いや、私はせどりではないが。
店を出ると目の前は新緑が目に眩しい公園である。戻って来たタクシーに乗って西成へ。Kさんと待ち合わせをして、これから盆踊りの見物に行くのだ。(つづく)