杉江松恋不善閑居 熊本・河原町「モラトリアム」

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某月某日

今抱えている仕事。レギュラー原稿×5、イレギュラー原稿×1(評論×1)。やらなければならないこと。の・ようなものの準備×1。ProjectMH×1。

(承前)

いろいろあって間が空いてしまった。肥後琵琶のことを書く前にもう一軒だけ古本屋のことを。本妙寺前というところで肥後琵琶の会はあった。熊本の市電には二系統あり、一つは熊本駅を通るものでA系統、もう一つは上熊本駅に行くB系統で、後者のほうが本数は少ない。本妙寺前はこのB系統なので分岐になっている辛島町まで戻り、そこからA系統の二つ先、河原町まで行ったところに画と雑貨と珍品の店モラトリアムがある。

実はこの店、グーグルマップでは見つけていたのだが、店休日に当たって訪問できないと思っていた。ところが前日にツイッターでメンションを送ってくれた古書汽水社のご主人が、モラトリアムさんは営業日をインスタグラムで告知しているのでそっちのほうが確実です、と教えてくれたのである。見てみると、たしかにこの日営業になっている。訪問しそこねたと思っていたので嬉しい誤算だ。

河原町の駅から少し熊本駅方面に歩いてすぐの路地を入ったところに、いかにもそれらしい構えの店がある。ここか、と思って近づいていくとアンティークを前面に出したカフェっぽいお店で違っていた。グーグルマップで確かめると、道には面しておらず、長屋式に小さな店が連なっている一帯にあるようなのだ。そっちに入って探していると、同じようにうろうろ迷っている男性がいる。同好の士かな、と思って歩いていると、案の定同じ方向に向かって引き寄せられているようである。排水口に流されていく芥の如し。目指すモラトリアムは角地にあった。店の前にドラえもんの飾り物があり、雑貨を満載した棚が前に出してある。前の男性が声をかけながら入っていったので、ちょっと時間を空けて続く。それほど大きくないお店なのだ。

入って驚いた。宝の山である。そう言うしかない。宝の山だ。奥へ長い店内で、奥の向かって右側が帳場になっている。そこに女性の店主がいらっしゃった。前に入った男性が何か話しているので邪魔にならないように探索を開始する。ざっくり言えば手前一帯はおもちゃと雑貨の一帯だが、油断すると『冒険王』の付録漫画などが棚に詰め込まれている。ドーナツ盤のアニメ主題歌あり、古い週刊少年誌ありと、おもちゃの間に本と紙ものがふんだんに積まれている。壁際を見ると少女漫画を中心としたゾーンになっていて、ひばり書房の本などもある。アニメ雑誌のコーナーもできていて、よく見ると『うる星やつら』表紙の『OUT』や『アニメージュ』がまとめて置いてあった。新作アニメ放送開始記念だろうか。

右に目を転じると、そっちには紙もののゾーンが。戦前の広告やきれいな包装紙やラベル、鉄道関係などこれはこれで掘り甲斐がありそうだ。先客の男性が断って二階に上がっていった。二階もあるのか。女性が電灯を点ける。降りて来られるのを待って交替で私も階段を上がった。ずいぶんと急な階段である。

上がってまず目に飛び込んできたのは部屋の中央にある雑誌の山だ。さらに向かいの棚には戦前の書籍がずらっと並んでいる。軍事関係のものや社会主義関連書、性愛文学が主なのだが、その中になんと川内康範が河内潔士で書いた『哀怨の記 天中軒雲月』が。急いで値段を見るとむちゃくちゃ安い。ダブりだが、これは買うだろう。続けて放牛軒桃林の速記本も発見した。これも買う。当たり前である。振り向けば、階段横には学習漫画などが山と積まれた一帯がある。これも宝の山だ。その中に辻真先『ベーブ・ルース』と『キャプテン・フューチャー2』を発見した。プレミアがついていても買う本だがどうか、と思って裏表紙を開けば驚くほど安い。買うだろう。買いますとも。

気が遠くなるような二階であった。私はここに呼ばれて熊本に来たのかもしれない。掘り続ければさらに何か発見できそうな気もするが、そろそろ戻らなければ空港行きの足が無くなってしまう。後ろ髪をひかれる思いで階段を降りた。

勘定をお願いすると店主から、さっきのお客さんと続けて入ってこられたからお連れなんだと思ってました、と話しかけられた。聞けば先客の男性は鹿児島県から何かの仕事で来られて、中抜けで寄られたのだとか。私は東京から来ました、とは言わない。聞けばこのお店は昔繊維問屋街だったところで、昭和30年代に建てられたのだという。繊維関連のお店はだいぶ前にすべて撤退したが、10年くらい前から若いテナントが入って通りを新しくしているのだそうだ。熊本におけるポップカルチャーの発信地になっているのかもしれない。モラトリアムは通販もやっていて、そのURLを記したチラシもいただいた。後で見てみたが、通販サイトもなかなかの充実ぶりである。

辛島町まで戻り、リムジンバスで阿蘇くまもと空港へ。最終便で羽田に帰る。さようなら熊本。また肥後琵琶の勉強をしに来ます。ついでに古本屋にも。

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