いや、正確に言えば2023年も押し迫った、12月29日に静岡県静岡市に行ったのである。目的は書肆猫に縁側を訪ねることだ。
ここ数年静岡には何度も足を運んでいて、個人経営の古本屋で行ったことがない店はほとんど無くなっている。ところが昨年、まったく知らない古本屋が静岡市内にできていたのである。知ったのはSNS経由だったと思う。市内北部、城北公園の近くに旧い民家を借りて古本屋経営を始めた人がいるという。サイトがあるので見てみたところ、他に仕事があるのか、店が開いているのは週末など限られた日だけであることがわかった。
これは行かなければならないだろう、と思いつつなかなか機会がなかった。営業日ゆえである。そうこうしているうちに、店ではなくて経営者に会ってしまった。2023年に行われた富士吉田市の一箱古本市に伺ったところ、そこに店を出しておられたのである。その後、5月に静岡市鷹匠町の一箱古本市に今度は出店者として参加して、またお会いした。終了後に軽い打ち上げがあって、そこでどうして店を始めたのか、という経緯まで詳しく伺ってしまった。個人情報もあるので、ここでは書かない。
肝腎の店には足を運ばないうちに、情報だけが増えていってしまった。これはもう、どこかでちゃんと行くべきだろうと営業カレンダーとにらめっこしているうちにとうとう機が熟した。おそらく年内最後の営業となるこの日に行かなければ宿題を抱えたまま年をまたぐことになる。というわけで東海道本線に乗った。
静岡駅前からはバスに乗る。いくつかの路線が通り、下りられるバス停も複数ある。住宅街のただなかにあり、幹線道路に面しているわけではないのだ。私は安東二丁目北というところで下りた。そこから5分ほどで立派な門構えの建物に着く。知らないと絶対にここが古本屋だということはわからないはずだが、ちゃんと「猫に縁側」という表札が出ている。
門をくぐり、引き戸を開けて中に入る。門は昔の造りだから低いので、頭をぶつけないように要注意だ。私は帰りにぶつけた。
「こんにちは」と声をかけて中に入ると、ご主人に迎えられた。すでに一度ご挨拶をしているので、顔見知りである。三和土で靴を脱いで上がる形で、その玄関にも右に絵本、左に一般書の棚がある。ずいぶん立派な絵本の棚は、買い取りに行った先でもらったのだそうだ。
そこから低い棚が両脇にある短い廊下を通って中へ。元は居間だったのであろう作りで、部屋の四囲に低い棚が並べてある。右側奥は床の間だったのかもしれない。帳場は右側手前にあって、その前にも低い棚が。しばらく前まで南陀楼綾繁さんの委託本が置いてあったそうで、綾繁さんがトークイベントで來静する予定だったのが直前にコロナで罹患して駄目になり、本はすでに到着済だったのでやむなくそういう対応になったのだという。
今の書棚は手前が文庫地帯で、左の壁際にはグッズなども含むサブカルチャー系、レコードや音楽系を経て、縁側に面した奥に人文科学系、右側に委託の新刊コーナーがあって、帳場まではデザインなど美術系の本が並ぶ、という構成になっている。
名前の由来になった看板猫氏は、縁側の少し高くなったところで寝ておられた。元は保護猫で、東京出身のご主人夫妻が静岡にいらっしゃる際、一緒に連れてきた家族であるという。のそりと起き出して部屋を回遊され始めたので、私もご挨拶をした。
奥様が出ていらっしゃって、お茶を淹れてくださった。それをいただいてしばらく談笑する。いつの間にか、静岡県内の新しい本屋という話題に。最近地元テレビ局が地元独立系の本屋を特集する番組をやっていて、少しずつ盛り上がっているのだという。三島などにセレクトショップ系の新刊書店が増えているのは知っていたが、驚くべき情報が。
「最近、沼津にリヤカー古本屋というのができたんですよ」
「リヤカー。なんですかそれは」
「文字通り、リヤカーで古本を売るんです。決まった場所があるようなんですけど、天気がいいときなんかはそれを引いて街を歩いているそうですよ」
「ええっ、それは遭遇するのがむちゃくちゃ難しくないですか。どこに行ったらそのお店には巡り会えるんですか」
「そうですね。たぶん、沼津だったら書肆ハニカム堂さんに情報があるんじゃないかと思いますけど」
「今から行ってきます」
お勘定をしてもらい、夫妻にご挨拶をして外に出た。なんだその情報。沼津に行かなければ。というか、最初に向かうのは片浜の書肆ハニカム堂である。善は急げだ。善かどうかはわからないけど、急ぐのだ。
あ、一応あべの古書店と水曜文庫には寄った。(続く)