この年末年始には青春18きっぷでいくつか日帰り旅行をした。行く先のひとつが静岡県の富士市である。目的は二つあった。
一つはJR吉原駅から出ている岳南電車に乗ることだ。東海道本線沿いの静岡県内には三つの魅力な第三セクターと私鉄がある。SL運行で有名な大井川鐡道、かつての姫街道に相当する場所を走る天竜浜名湖鉄道、そして岳南電車だ。富士市には製紙会社の巨大工場が存在する。その中を抜けていく路線として巨大建築マニアの間では人気があり、岳南電車もそれを見越して夜にツアーを組んでいる。夜空に工場建築物が照らし出された眺めはまた格別である。今回は残念ながら昼の乗車だ。富士駅で一日乗車券を買って乗り込むと、地元の方とおそらくは私と同じような青春18きっぷでやってきたと思しい鉄道好きの客とが半々であった。
工場敷地を抜けて走る岳南電車でしばし楽しむ。岳南原田・比奈間で日本製紙の敷地を抜ける。ここがおそらく工場マニアにとっての山場だろう。それを過ぎると終点の岳南江尾まで行っても、ただ引き返すしかない。一応駅舎を出て周囲を少し歩き、また戻っておとなしく出発時間を待った。
今来た道をたどって戻っていく。ただし吉原駅まではまっすぐ戻らない。本吉原駅で下車である。ここで下りるために往復ではなくて一日乗車券を買ったのだ。ちょっとだけ安くなる。本吉原駅のプラットホームとホーム上屋は国の登録有形文化財に指定されている。優雅に曲げられた鉄柱とスレート葺きの屋根に情緒を感じる。
ここから北に出てすぐの交通量が多い道路を西に歩き、北に曲がってぶつかったところにある通り沿いに渡井書店がある。お察しのとおり、これが目的の二つ目である。以前はもう一軒、古書とらやという古本屋があったのだが、だいぶ前につぶれて今は健康器具販売の店になっていた。前回渡井書店に来たのは幻冬舎の企画で東海道踏破をしていたときだから、2012年のはずである。いつの間にか干支が一回りしていた。
店内に入ると、昔の個人経営をしている書店のような佇まいである。手前には平台があり、背の低い雑誌棚があるので、ぱっと見ると勘違いしそうだ。しかし壁に並んでいるのは古本である。コの字型に並んだ壁の棚に指してあるのはほとんどが雑本で、ところどころに松本清張初版のような無視できないものが置いてある。左側の壁は文庫本、そこで一巡りが終わるのだが、まだ続きがある。文庫棚の裏にちょっとアダルト系の本が置かれた棚が見える。成人向けかな、と思って引き返してはいけなくて、実はそこが渡井書店の中枢なのである。郷土資料や人文科学書はこの右裏の棚にまとめて置かれているのだ。なかなかに魚影が濃くて迷う。しばらく吟味して勘定を済ませ、表に出た。また来ることができた。よかった。
食事をしていなかったので探しながら歩いたのだが、どこも開いてなくて仕方なく本吉原駅近くのバーミヤンに入った。何もここまで来てファミリーレストランを選ぶことはあるまいと思うのだが仕方ない。タブレット端末で注文を済ませると、配膳ロボットが近づいて来た。これを猫型と呼ぶのは今一つ納得がいかない。猫耳がついていればなんでも猫型ロボットなのか。(つづく)