中央区日本橋兜町11-10のアートスペース兜座を一日借り切っての演芸会、〈スギエゴノミ〉である。今回は午前・午後・夜の興行がすべて浪曲という浪花節の日だ。ちなみに次回も全部浪曲で、かつすべて関東節である。いろいろ混ぜていきたいのだが、どうしても関心のあるものを選んでしまう。長い目で見ていただきたい。
午前の部は玉川奈々福門下の玉川奈みほ勉強会。
忠僕元助 玉川奈みほ・広沢美舟
松山鏡 玉川奈みほ・広沢美舟
アートスペース兜座は下座を作って太鼓を入れるなど、寄席設備の拡充に力を入れている。今回ついに析頭を購入したので、浪曲にも析を入れられることになった。入れられるのに打たないのは怠慢であろう。開演前に奈みほさんに教えていただき、私が打つことになった。プロの舞台に析を入れるのだから無茶苦茶緊張する。なんとかやった、というレベルでたいへん申し訳なかった。「忠僕元助」は赤穂義士伝の外伝、「松山鏡」は落語ネタである。
終演後、ちょっと経って次の木村勝千代さんが到着する。勝千代さんには今回、たいへんなことをお願いしていた。お聴きするのが楽しみである。裏が泉岳寺浪曲会でぶつかってしまい申し訳ないのだが、これは聴きものであった。
姥捨山 木村勝千代・広沢美舟
トークコーナー
原爆の母 木村勝千代・広沢美舟
「姥捨山」は勝千代さんがPR大使を務める山梨県上野原市秋山地区の昔話を浪曲化したもので、コミカルな味が楽しい。先日はNHKラジオの「浪曲十八番」からもお声がかかった。「原爆の母」は私からのリクエストである。前回のトークコーナーで、勝千代さんが故・天津羽衣から生前に、自分のネタはどれをやってもいい、とお許しを貰ったという話が出て、それじゃ一回ご披露してくださいよ、とおねだりしたのである。快諾いただき、今回の運びになったというわけだ。普段の勝千代さんは、木村重松・松太郎の流れを汲む折り目正しい関東節なのだが、羽衣節は関西節である。三味線の調弦から関東節を高調子、関西節を低調子といい、後者の中には特に低音を聴かせることから水調子と呼ばれる奏法がある。羽衣節はこれだから、トークコーナーでつないでいる間に美舟さんは急いで三味線の調弦をしなければならない。
勝千代さんは10歳そこそこで木村松太郎に入門して浪曲師になった。その後松太郎が体調を崩して稽古に通えなくなった時期があり、そのころは関西節を習って高座を務めていたという。そのころに魅了されたのが羽衣節で、ご自分の原点にはそれがあるとおっしゃる。高校生のときに声がかかり、寺山修司追悼公演の「青森のせむし男」に浪曲師役で出演することになった。そのときも低調子で、与えられた台本に自分で節付けをすることになったのだが、羽衣節を経由していたために、行間に浮かび上がる感情をどのように節で表現するかを理解できたという。次回の7月13日公演では、その「青森のせむし男」の台本を持参いただき、どのように本に節付けをしたかを実演していただくことになった。これは貴重な機会だから、みなさんお聴き逃しなく。ちなみに浪曲口演は、平賀源内原作の「神霊矢口渡」である。いちおう前後編に分かれてはいるのだが、全部で一時間近くかかるので長篇なのである。
トークコーナーの後でいよいよ羽衣節で、「原爆の母」。当日まで演目は伏せられていたのだが、ネタ帳に記された演題を見て、なるほど、と思った。勝千代さんには「まっくろなお弁当箱」などの戦争の悲劇を謳った新作があるが、その原点はここであったか。我が子をかばって原爆の火に焼かれ、醜い傷痕が顔に残ってしまった妻は、無情な姑から嫌われて家を追い出される。出征してまだ帰らぬ夫、母を恋しがって泣く息子への思いを切々が歌い上げられる一席で、勝千代さんの言う「寄せては返すさざなみのような」節が次第に感情を盛り上げていき、最後は波濤のように襲い掛かってきて観衆の心を砕く。これまでさまざまな浪曲の熱演を聴いてきたが、その中でもベストというべき舞台であった。この口演を実現するお手伝いができたことを誇りに思う。オリジナルの羽衣節は、途中でオーケストラ演奏の入る歌謡浪曲である。その部分は広沢美舟さんが見事に三味線演奏でこなしていた。さすがである。
トークコーナーでは次回以降に勝千代さんにお願いしたい課題というのも話したので、実現に向けて努力したいと思う。二つあって、一つは旅、もう一つはアンコ、がヒントである。何がなんだかわからないと思うので、いずれまた。
夕方になって今度は天中軒月子さんと旭ちぐささんのコンビが来場する。芸人が次から次にやってきて交代していく感じは、本式の寄席のようである。日曜日の夜ということで、ちょっと月子さんには条件が悪く、申し訳なかった。それをものともせず、いつもの明るい口演でお客さんを魅了された。
大石東下り 天中軒月子・旭ちぐさ
東男に京女 天中軒月子・旭ちぐさ
「大石東下り」は義士伝、「東男に京女」は古典落語の「垂乳根(延陽伯)」を作家の稲田和浩さんが浪曲化されたものである。期せずして奈みほさんと月子さんで、義士伝と落語浪曲という組み合わせが揃った。この公演のために作ったチラシで「天に月、地に歌、人に心」というキャッチフレーズをつけたのだが、月子さんは気に入り今後の舞台で使うとおっしゃってくださっている。ありがたいことである。口演でもおっしゃっていたとおり「天地人」から採ったもので、師匠五代目雲月の前名を受け継いだ三代目の月子さんにしか「天に月」は言えないものだし、語り物の中でも特に音楽性を重視する浪曲だから「地に歌」となる。月子さんは民謡・演歌歌手としての活動歴も長く、これもぴったりだと思う。最後の「人に心」の部分は、浪曲が人情を題材にしたものである以上当然なのだが、特に月子さんは「心に灯火を」「母の幸せ」といった、貧しい者の人生を描いた外題を多く扱われている。それを二代目雲月こと伊丹秀子ばりの七色の声で表現しようとしていて、「人に心」の担い手としても天中軒一門でふさわしいと考えている。ゆえに「天に月、地に歌。人に心」なのだ。これから月子さんがこの口上を言われたら、ぜひ拍手で応援していただければ幸いである。
終演後は片付けをして会場近くにて一人でちょっと食事。疲れたが充実した一日だった。