午前中に一本インタビュー取材があった。出版社にお邪魔して話を伺う。終わって帰ろうとしたら、その会社の編集者が多数出てきて、名刺交換時間になった。インタビューイを待たせてインタビューアが名刺交換しているというのもなかなか無い図式だと思う。落ち着かなかった。
終わって木馬亭へ。6月の木馬亭定席は代演が多く、この日はトリの天光軒満月さんがお休みで富士琴美さんが代わりを務められた。その「人情芝居囃子」はアンコが多く、節だくさんなので楽しい。思わず大儲けであった。
ちょっと思い出したことがあり、終演後はつくばエクスプレスで新御徒町へ。乗り換えて都営大江戸線で後楽園まで行き、そこから南北線、さらにさいたまスタジアム線。川口元郷駅で降りる。ここからほど近いミエル川口で古本市が始まったのである。浦和宿古本市に出店している腹切書店など、サブカルチャー、コミックなどに強い古本屋が集まっているようだ。手早く見て歩き、買い逃していたムック『東方絵師録』(晋遊舎)を購入する。そこからえっちらおっちら地下鉄を乗り継ぎ、帰宅。
移動中にインターネットを見たら、カドブンに玉袋筋太郎さんのインタビューが掲載されていた。新刊『美しく枯れる。』が出たので、お願いしてインタビューさせてもらったのだ。相棒の水道橋博士のインタビューはしたことがあるが、玉さんは初めてだった。本の売上に少しでも貢献できれば、と思う。
浅草キッドは私が社会人になったばかりのころ、東京漫才界の新星というべき存在だった。高田“笑”学校は、関西勢に負けない東京芸人の勢いを見せるために高田文夫が始めたものだ。そのトリを取っていたいたのも浅草キッドであった。高田文夫は落語立川流Bコース真打の立川藤志楼を名乗っていたが、そのマシンガンのような攻めの芸に魅了されていた時期が私にはある。浅草キッドは、その立川藤志楼があまり高座に上がらなくなった時期に入れ替わりで出てきた漫才師、という印象だった。
ライターとしては駆け出しのころ、浅草キッドとBSの番組で共演したことがある。民間のBS各局は2000年12月1日に一斉に放送を開始した。そのときにBSフジは看板番組の一つとして土曜日のプライムタイムに「お台場トレンド株式市場」という情報バラエティを始めたのである。司会者は別所哲也と高橋里華、そのほか総合格闘技に挑戦する前の水野裕子がアシスタントとして出演していた。鳴り物入りで始まったにしては、今やwikipedeiaにも項目がない忘れ去られた番組である。タイトルが示すように、芸能や文化などさまざまなジャンルの中で、株価急上昇と呼べるブランドを紹介していくという内容で、番組独自の通貨があって、出演者はそれを投資するということになっていた。浅草キッドがレギュラーであり、私は「本」のトレンドを紹介する出演者の一人だったのである。
この番組がいつ終了したのかはよく覚えていない。途中で27時間テレビがあって、収録が重なり、フジテレビの女性アナウンサー集団と移動のエレベーターが重なったり、花火大会のせいで人がお台場に集まりすぎ、食事をする場所もなくなったり、といろいろなことを体験させてもらった。27時間テレビのときは、スタジオから出ようとして扉を開けた途端に、前にしゃがんでいた芸人さんのお尻を蹴っ飛ばしてしまって平謝りした。当時雨上がり決死隊として売り出していた宮迫博之だ。あれは痛かったのではないかと思う。すまないことをした。
浅草キッドとの共演はちょっとした喜びであった。そのときの縁から水道橋博士は、メルマ旬報を創設したときに執筆者の一人として私に声をかけてくれたのである。そういう意味では博士は恩人だ。ありがたく思っている。
玉袋筋太郎とは特に仕事の縁はなく、こちらが勝手に見守っているような関係だった。気になるとは惚れたということだ、という言葉もある。芸人として好きだったのだ。
番組が終わってちょっと経ったころ、当時住んでいた西新宿の街を歩いていたら、横に車が止まった。助手席から顔を出したのは玉さんだった。ここからは、個人的な思い出なので敬称をつけて書かせてもらう。突然のことなので、驚いていると玉さんは、東京医科大学病院のほうを指さして、ディレクターのAさんが骨折して入院したっていうから見舞いに来たんだ、という意味のことを早口で言った。そして、杉江さん、最近俺たち(浅草キッド)本を出したんですよ、と言ったのである。
それはたぶん『お笑い男の星座』(文藝春秋)だったと思う。玉さんは、よかったら持っていってくださいよ、と言って、本を一冊手に取って差し出した。もちろんすでに買って読んでいたのでそう言うと、あ、そう、早いね、さすがだなあ、と言って本を引っ込め、じゃあ、と言って車を発進させていった。
あっという間の出来事である。そのときのやりとりが芸人らしい嫌味のないものだったので、私はずっと玉袋筋太郎という人が気になっているのだと思う。