杉江松恋不善閑居 恵比寿・九曜書房復活。

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某月某日

あまりに湿度が高くべったりと肌に貼りつくような空気に閉口する。仕事をしなければならないのだが、あまりにも頭が回らないので松浦四郎若のチラシを作り直す作業をした。8・9月の定席に置いていただく予定。

夕刻になっても湿度が下がらないために体感の不快さはまったく変わらず。だが、仕方ないので外出する。以前は武蔵小山駅にあった九曜書房が、恵比寿駅に移転したのである。しばらく前から行く機会を窺っていたのだが、火・金曜日だけの営業なのでなかなかタイミングが合わなかった。朝から九曜書房に行くとこの日は決心していたので、どんなに湿度が高かろうとがんばらないといけない。

とはいえ、それほど遠い場所ではない。恵比寿駅をガーデンプレイス側に出て、動く歩道に乗って終点まで。そこから右に出てアメリカ橋を渡ったら、とにかくまっすぐ進む。防衛庁の研究所がある茶屋坂に差し掛かったら、左にある側道に曲がり、角を過ぎて二軒目にあるのが九曜書房である。大きな看板はなく、貼り紙で営業中であることと店名を知らせている。武蔵小山時代にあった道を挟んでの均一棚はないが、店頭に腿丈くらいの棚が置かれている。

中に入るとまず、左右が画集や写真集などの大型本の棚。内藤正敏の写真集『遠野物語』があるが、なかなか歯ごたえのあるお値段である。この大型本通路を抜けると正面が帳場であり、左右に振り分ける形で棚が並んでいる。左は文学から古本の本、社会学などグラデーションを描いてぎっしりと詰まった棚が通路の両脇に。よく見れば竹中労の著書コーナーなどあり、武蔵小山時代に見知った本たちである。ここで佐木隆三『ジャンケンポン協定』(晶文社)を発見した。『復讐するは我にあり』で知られる佐木は、北九州で働きながら同人活動をしていた時期があり、左翼系の出版社に寄稿をしていた。その頃の短篇を集めたデビュー作品集である。古本屋でもなかなか見ないし、値付けを見ると1500円となかなか安い。ということは買えと言われているのだな、と納得して手に取る。

右のエリアは歴史や芸能・芸術関連の本が中心となっており、そこに希少な紙モノなどが刺さっている。何があるのかは見てみないとわからないので、いちいち時間がかかるのである。戯曲集に欲しいものがあったが、次の機会とお預かり。勘定をしてもらうことにした。

支払いを済ませて外に出ると、ご主人が追いかけてきた。なにごとでしょうか。いや、領収書を見たら古い住所を書いてしまっていることに気づいたもので、とご主人。なるほど、武蔵小山時代の領収書をそのまま出してしまったということか。新しいものをいただいて、お礼を言い、その場を後にする。無口なご主人が照れ笑いをしながら店の中に戻っていった。

掘れば掘るほど味わいのある古本屋が戻ってきた。流浪堂といい、九曜書房といい、めでたいことである。

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