某月某日
木馬亭定席に開口一番からいられる幸せな日だった。実は日本浪曲協会の現役浪曲師の中で一人だけ、玉川き太さんを聴いたことがなかったのである。太福さんの二番弟子だ。一番弟子のわ太さんは大師匠・福太郎似というか、声質ではなくて声量が多い。いわゆる馬鹿声というやつで、これは誉め言葉なのである。き太さんはそこまでの大きさではないが、艶のある声をしている。これは磨けばよくなりそうだと思った。ネタは稲田和浩作「浪花節じいさん」。孫がボイスパーカッションをやっているという設定がおもしろい。
この日で手術療養のため9月中旬までお休みとなる港家小ゆきさんは「ディアボロス生命株式会社」。О・ヘンリー風でおもしろく、この路線はさらに続けていってもらいたいと思った。中入りの後、モタレ(トリの前)の玉川福助さんが「陸奥間違い」、トリの太福さんが「天保水滸伝 蛇園村の斬り込み」と福太郎由来の外題が続いた。福助さんの陸奥間違いは師匠譲りで本当にそっくりなので、ときどき笑いながら涙腺が緩みそうになる。伊達家の腰元がずらずらと出てくる場面、その美しさを言うのに福助さんは「今の役者さんに喩えるなら吉高由里子さんと藤原紀香さんを合わせたよう。(ちょっと考えて)昔の役者さんで言えば、吉永小百合さんに、浪曲師で言えば玉川福助を合わせたような」と、自分を入れて落ちをつけるのが定石だが、さらに追いかけて「そりゃ、おかみさん(三味線を弾いている玉川みね子さん。玉川一門のおかみさん)のほうが綺麗なのはわかってますけど、これで落ちをつけなきゃいけないから」とやって爆笑を誘った。ここのところ、福助さんの「陸奥間違い」はいつもどかどか受けている。私も大好きなネタだ。
太福さんの「蛇園村の斬り込み」は、「鹿島の棒祭り」と「平手造酒の最期」の間に入るもので、飯岡助五郎が自分の子分に対してやった非道な行いに激怒した笹川の繁蔵が、妾宅に殴り込みをかけるというもの。単発ではやはり「棒祭り」か「平手造酒」が掛けられる頻度は高いため、これを聴けたというだけで得をした気持ちになる。木馬亭定席のトリということを意識してのサービスだろう。
終演後、18時からは真山隼人ツキイチ独演会である。
「水戸黄門 奥州の巻」「冥途の飛脚 封印切」と来て最後は初代真山一郎が万博の際に作ったという「浪曲音頭で綴る日本全国民謡の旅」で締めた。「封印切」は近松門左衛門の原作を土居陽児さんが台本化したもので、してはいけないほうに行ってしまい、理の当然として破滅する忠兵衛の愚かさを密度高く描写していた。いいネタである。
実はこの日、木馬亭に行く前にちょっと寄り道し、つくばエクスプレスの八潮駅近く、プレスポ八潮で開かれていた古本市を覗いてからやってきたのであった。二階の西松屋、三階のコジマ前が会場で、浦和宿古本市の常連が参加。なかなかに魚影が濃く、寄り道した甲斐があった。木馬亭から行きやすい場所なので、またやってもらいたい。