杉江松恋不善閑居 静岡県の古本屋完全踏破(たぶん) 遠州病院「典昭堂」&「古本屋サイダーハウス・ルール」

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某月某日

午前6時台に家を出て東海道本線に乗る。約5時間かけて各駅停車で到着したのは、静岡県の浜松駅である。時刻は正午過ぎ。夜には都内で会合の約束があるので、どうしても午後2時には浜松を出なければならない。許された時間はわずかに2時間だ。

ここから目指す場所までは結構な距離がある。JR駅から徒歩数分の遠州鉄道新浜松駅まで行き、二駅ほど乘る。遠州病院駅から西へ数百メートル行った場所にあるのが、典昭堂である。浜松市を代表する老舗の古本屋で、看板が見事である。店内の帳場にはかつて使われていたのれんが飾られており、こちらも目を楽しませてくれる。

前回典昭堂に来てから少し時間が経っているが、均一棚の文庫から黒っぽい戦前の本が並ぶ奥の棚まで、バラエティ豊かな品揃えはさすがであった。石原慎太郎の『行為と死と』単行本があったので購入する。350円は安い。

喜びながら外に出て、ふと振り返ると店頭にとんでもないものが並んでいた。長年探していた全集で、揃いではなくて数冊抜けているのだが、ここで買わないと絶対に駄目なやつである。しかしハードカバーで20冊近くある。どうしたものかと迷ったが、瞬時に判断して本を抱え、店内に戻る。店主がびっくりした顔でこっちを見ていた。それはそうだろう。出ていったばかりの男が血相を変えて戻ってきたのだから。無事に支払いを済ませ、手提げ袋の代金を払って二つに分けて入れてもらう。これで今日一日、重い本を提げて歩かなければならなくなった。いいともさ、望むところだ。

 典昭堂を出て北へ進む。浜松は炎暑のただなかであり、汗がぽたぽた落ちてくる。荷物も重い。しかし重いが重くない。お宝を運んでいると思えば重くない。

十分弱で到着したのは浜松城公演の東端にあたる場所である。そこに以前は古本と珈琲八月の鯨という店があったのだが、惜しくも春に閉じてしまった。だが閉店の前から、常連の一人が居抜きで開業することが決まっていたのである。それが古本屋サイダーハウス・ルールで、私にとっては特別な店となった。ここに行きさえすれば、静岡県内の個人営業古本屋で未踏破の店はなくなるのだ。最後に残されたピースである。

13時からのはずが、扉には準備中の札がかかっている。呆然と見ていると、中で気づいたのか、気のよさそうな男性が出て来て開けてくれた。ちょうど開店するところだったらしい。中に入れた。やった。

配置は以前と変わっておらず、店の右半分に櫛型に棚が並んでいる。左半分はカフェスペースになっており、名前通りソーダも出すようだ。店名はアーヴィング原作映画から採られているという。八月の鯨時代にはLPレコードがかなり置かれていたのだが、それは無くなっていた。プレイヤーも無いようである。棚を見ていると、田中角栄『日本列島改造計画』が目に入った。初版ではないが、持っていてもいい本である。よかった、買えるものがあった。喜びながら帳場で支払いをする。

曜日ごとに店番が替わるそうで、この日は八月の鯨時代からのスタッフだったBさんの番だった。この方はいい人で、時間ギリギリまで話し込んでしまった。だって初代京山幸枝若がいかに素晴らしいか、という話題になったんだもの。非常に楽しい時間を過ごし、大満足で駅に戻る。ここからまた5時間。しかし苦にならない。静岡県の古本屋よ、ありがとう。また来ます。

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