杉江松恋不善閑居 日立・佐藤書店本店

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某月某日

そういえば青春18きっぷが1日分残っていたのだった。8月末に大阪に行って、帰路のどこかで使おうと思っていたのだが、台風10号によって中止せざるをえなくなった。だから1日余っている。これはあそこに行け、ということだな、と判断して朝から外出した。

常磐線に乗ってひたすら北へ。土浦、水戸と乗り換えていわき行きの各駅停車に乗る。正午近く、ようやく目的地に着いた。日立駅、太平洋岸の、もう間もなく福島県という茨城県北部の都市である。駅には太平洋の眺望が楽しめるテラスが設置されている。

目指す場所はそれとは反対の山側だ。駅から南西へ向かうこと約20分、ぶり返した猛暑の中をひたすら歩いた先に、佐藤書店本店があった。

おお、ようやく着いた。

戸を開けると、目の前には文庫と新書の棚がある。若干焼けてはいるが、よくあるような時間の止まったような棚ではない。その証拠に某ノベルズを取り出して値付けを見たら、三桁の金額が書いてあった。そうそう、これはけっこう珍しい本なのだ。店主はよくわかっていらっしゃる。棚は入口と並行になっていて、裏にも同じように本が並んでいる。そこで山本周五郎の短篇集を物色していたら、帳場からお声がかかった。

「山本周五郎ですか。けっこう本があるんですよ」

佐藤書店の店主である。たしか御年91歳。まだまだお元気で、娘さんの力を借りて、元気にお店を続けておられる。店主にお会いしたくてはるばるここまでやってきたのだ。

文庫棚の周囲に文学や雑本、辞書など。入口から入って左にドーナツ盤のレコードを置いた平棚がある。そこから左はひたすら濃い茨城県の郷土資料コーナー。文庫棚と直列の形でもう一本棚があって、そこは戦争関連などノンフィクションやサブカルチャー本が手前側にあり、裏側には時刻表などの鉄道関係や、性文学などが。さらに郷土資料棚の途切れたところには紙ものや雑貨などのコーナーがあり、こちらの趣味心を強烈に刺激してくる。

これはもう、相談したほうがいいか、と思ってご主人に探求書があることを告げた。書名を聞いて首を傾げ、奥にいらっしゃるらしい娘さんに。一家総出で目録を当たって探してくれる。ありがたやありがたや。結局その本は見つからなかったのだが、お気持ちだけで十分である。

こちらは浪曲関連の本が主要な探求書であるとお伝えしたら、連絡先を教えてくれれば後で何か見つかったら電話で教える、とおっしゃってくださった。ご厚意は素直にいただく。何かありますように。佐藤書店で何かを買うことができますように。

結局購入したのは、『旭町の今昔』という日立市老人クラブ有志が発行した私家版の本だった。タイトルでわかるように、旭町という地域の昔語りを中心にした本なのだが、その地域出身の有名人について触れているページを見ていて目が飛びだしそうになった。春日井おかめだ。12歳の春日井おかめの写真が載っている。やった、この一ページのために買う意味がある。

春日井おかめは茨城県出身の浪曲師である。そのことは知っていて、以前から資料を捜していたが、なかなか紙のものは見つからなかったのだ。こんなところにあったとは。しかも生家の屋号まで書いてある。三千円という値付けはまったく高くない。この本、買った。

「ああ、これはいい本なんですよ。あなたも旭町ですか」と聞かれたので正直に、いえ、東京から来ました、と答えた。物好きな、と言いたげな表情で驚かれたが、いえ、ご店主に会いに来たんです。来てよかった。またやってきます。佐藤書店すばらしい。また来る。絶対。

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