杉江松恋不善閑居 京都・寺町通り「赤尾照文堂」「尚学堂書店」その他

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某月某日

朝のうちに出発し、東海道新幹線に乗る。京都駅に午前10時に着いた。目的地は大阪で、東方紅楼夢参加をするための西行なのだが、ちょっと寄り道である。

ひさしぶりに京都駅で降りたが、想像以上の混雑ぶりで驚いた。いるのがほぼ外国人観光客で、初めて見る光景である。そういえば、前回京都に来たときはまだコロナの影響があって、海外からのお客は少なかったのだ。これが京都の現状なのか。

北口から銀閣寺方面のバスに乗ろうとするが、間違えて反対方向に行ってしまう。バスの中も大変に混雑していて、乗り降りのたびに人をかきわけて移動しなければならないため、殺伐としていた。一人がむしゃらに前に行こうとする男性がいて、動けないから、とキレる女性と口論になっていた。これが日常の風景なのだとしたらたいへんだなあ。

その男性を下ろすために一緒に下車して、反対のバス停へ。京都駅まで戻り、改めて4系統のバスで北へ向かう。混雑していたが河原町三条までくるとさすがに減り、河原町丸太町で降りたときには普通の込み具合になっていた。ここで用事があったのは郷土史などに強い今村書店だったのだが、シャッターは半開きになっているのだが営業している様子はない。続いて彙文堂書荘までやってくるも、これまた開いていなかった。

どうものっけから厭な予感がする。だが、並びの版画や美術に強い山崎書店は開いていて、救われた気持ちになった。刷り物で浪曲関連のものがないか丹念に探したが、見当たらず。カラフルな引き札に心を惹かれる。

ここから寺町通りを南下していく。前回京都に来たときは鴨川の東を攻めたから、今度は中京区である。まずは書画の専門店である文苑堂から。吉川英治の画集があった。予想よりかなり安い額でお買い得だったが、重いので旅先ではパス。続いて藝林荘。京都には、この街にしかない和書の古典籍を取りそろえた店がいくつかあるが、その一つだ。さすがにここで買えるような教養人ではないので残念ながら目の保養だけで終わる。

さらに進むと三月書房がある。元・三月書房と言うべきか。コロナの時期に惜しまれながら営業を終えてしまい、今はシャッターに往時の店内写真が懐かしく、そこに「週休七日年中全休」の貼り紙がある。洒落たものだ。

三叉路の交差点を渡るとビルの二階に赤尾照文堂。日本の古本屋経由では何度もお世話になっているが、店を訪ねるのは初めてだ。入口すぐのところに雑多な刷り物を置いた棚があり、そこをまずはチェックする。刷り物が主という先入観があったが、社会科学書や海外文学の棚も充実している。値付けはやや高めか。欲しい本があったのだが、予算と相談してちょっと見送り。大き目の本なので諦めたということもある。ここは必ず再訪したいお店だ。一階に降りるとそこはイタリア・レストランになっていて、パスタを炒める香ばしい匂いが広がっている。通りを行く人も鼻をひくつかせて歩いていく。さぞ美味しいのだろうと思うが、この日はあれを食べると決めていたので我慢する。

再び南下を開始し、すぐに辿り着いたのが店構えも楽しい尚学堂書店だ。仕切り壁で店は左右に分かれており、左側には刷り物を含む美術書が多く、右側には文学書、というのが大雑把なカテゴリーである。左側のほうには外国人のお客が見えていて、熱心に刷り物を見ていたので、まずは右側から入る。文学棚の下にある平台にうず高く積まれていた雑誌を見ていたら、歌舞伎や新劇のパンフレットが出てきた。もしかすると浪曲大会のものもあるかもしれない、と思い探してみたが残念ながら不発であった。しかし文庫棚に結城禮一郎『旧幕新選組の結城無二三』(中公文庫)を見つけた。新選組に短期間在籍し、明治期まで生き延びた人物の評伝で、息子が書いているという。結城無二三については調べていることがあり、これは必要な本と判断した。無二三の評伝には『差出の磯』(甲陽書房)もあり、もしかするとその文庫化かと思ったのだが、帰宅して確認したら別の本だった。結城無二三に呼ばれている気がする。

尚学堂書店ではもう一冊、久田俊夫『妖怪たちの劇場』(巌松堂出版)を購入した。タイトルだけ見ると妖怪・オカルトの本に見えるがさにあらず。久田は『モリー・マガイアズ 実録・恐怖の谷』『ピンカートン探偵社の謎』など、ホームズ・シリーズにも登場するアメリカのピンカートン探偵社について調べた著作がある。本書はそのピンカートン探偵社が弾圧の手先に使われた相手であるIWW、世界産業労働者連盟の歴史に触れた本である。アメリカの初期労働騒動は犯罪小説史と密接に関わっているので、この本は必要だ。

ここでうどん屋を見つけたので入る。目当ては京都のたぬきうどんだ。加藤政洋・味覚地図研究会『京都食堂探究』(ちくま文庫)は失われつつある京都の大衆食堂文化について調べた名著である。同じ関西でもたぬきに大阪と京都では違いがあることは有名だが、この本で初めて知った事実も多かった。その記憶が鮮明だったので、京都でたぬきを食べたいと思っていたのである。地元の方には改めて説明する必要もない。京都のたぬきうどんとは、しょうがを効かせたあんをきざみの油揚げの上にかけたものである。これは寒いときにはさらに旨いだろうな、とふうふう汗をかきながら食べる。

このうどん屋近くにあったのが10万tアローントコで、中古レコードと古本の魅力的な店であった。zineも充実しており、さまざまなイベントの中継地点にもなっている。近所にあったらちょくちょく顔を出したくなる書店だと思った、というところで後編へ続く。

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