寺町通り古本行の続き。
100000tアローントコを出ると、御池通に行き当たる。地下鉄東西線京都市役所前の上付近だ。さらに南下すると寺町通りは急に人出が増えて、一気に観光地っぽくなる。その道の右側にあるのが竹苞書楼である。
竹苞書楼。思わずもう一度書いてしまいたくなるほど魅力的な店名だ。竹苞、竹の根のように頑強な書楼、書籍の楼閣。先ほど通過してきた藝林荘にも似て近世の匂いを漂わせる店舗である。店頭に台が置かれて美術書が積まれている。開け放たれた入口の奥は土間で、そこから見える店内の様子は他の古書肆とはまったく異なる。置かれているのはほとんど和本で、入って右側には古典籍が束ねられている。書名を記した札が挟まれており、手に取って気軽に中を改められるような置かれ方ではない。
左側には平台があり、こちらは刷り物が中心である。このときは海外からのお客さんがいて、店主と熱心に何かを話していた。おそらくは研究者か、美術コレクターなのだろうか。こちらはひやかしに近いので、その邪魔をするのは気が引ける。見ると、入口付近に草双紙が堆く積まれており、それを手に取ってぱらぱらと見る。値段は手頃で買えないわけではないのだが、こういうものは一冊来ると、次々に仲間を書棚に呼び込んで増殖していくので慎重にならなければならない。なんとか竹苞書楼で一冊、と思っていたのだが諦めることにする。実際には美術書で喉から手が出るほど欲しい本があったのだが、五桁だったので諦めたのである。
通りをさらに下って、姉小路通を過ぎ、竹苞書楼の並びにあるのが其中堂である。店の右側は古書、左側は新刊で仏教書専門の特徴ある書店だ。仏教書なら硬いものから一般書までなんでもあり、精進料理の指南書まで揃っている。最近節談説教について調べているので丹念に見ていくが、該当するものはない。なんとなく後ろ髪を引かれるような気持ちで店を出た。店頭に平台があり、京都コーナーも作られているので足を止める人も多い。其中堂の向かいには同じく仏教専門店の文栄堂がある。こちらで節談説教の本を見かけたが、あいにく持っているものだった。著者の名前を憶えて他の本を書いていないかと探してみるが、不発に終わる。しかし、こちらもいい書店だ。
さて、いよいよ本番である。今回わざわざ大阪行きの前に京都に立ち寄ったのは、アスタルテ書房に来るためだ。幻想文学専門店として名高く、その店構えの特殊さもあって多くのファンを魅了してきた。それが突如、2024年10月末をもって営業を終了すると発表されたのである。おそらくは現在の経営者である女性が高齢になり、引退を考えたためだろう。経営自体に問題があるわけではないので、存続してくれる後継者を募集している、との告知も出ていた。いずれにせよ、現行体制でのアスタルテ書房は10月いっぱいだ。なんとしても今のうちに行かなければならなかったのである。
御幸町通沿い、其中堂のちょうど裏側あたりに店舗はある。雑居ビルの二階で、入口にある看板が営業中であることを示している。階段を上ったところに店舗はある。そこにアスタルテ書房という看板はなく、美術作家の個展が開かれているという貼り紙があるのでそれとわかる。
ドアを開けて入ると、靴を脱いで上がる構造になっている。スリッパを借りた。
本棚はフロア内に二列、壁際に一列。中央の列には奥に稀購書を修めたガラスケースがあり、その手前には美術関連のものが置かれている。壁際の一列と、そこと向き合った列は文学書が中心で、澁澤龍彦など店舗の主軸となる作家についてはコーナーがある。置かれている名前は幻想文学が中心だが、その周辺、推理小説やSFジャンルのものも多い。中田耕治の見たこともない短篇集があって、おっ、と思った。買おうと思えばどのコーナーの本を買ってもいい。ここに来たからは何かは買っていきたいと思うが、アスタルテ書房で買うからには何か記憶に残るものがいい。そう思いながら店内を何周もした。
入口の右側にある背の低い棚に発見があった。石原慎太郎の初期作、『殺人教室』(新潮社)の単行本である。角川文庫に入っているが、そちらのほうが今は見かけなくなっている。たしか家にはなかったはずなので、これを引き取るべきであろう。値段がついていなかったので帳場で聞くと、納得できる金額だったのでそのまま会計をしてもらった。
本を包装してもらっている間に、ここ、今月で閉めちゃうんですか、と聞いてみた。と、店主の女性は少し微笑して、みなさんお聞きになるんです、と言った。少し事情は聞いたのだが正式発表ではないと思うので、ここでは省略する。アスタルテ書房ファンには希望の持てる話だった、とだけ書いておく。
表に出た。まだ時間は早かったが、アスタルテ書房に来られたという感慨でけっこうおなかがいっぱいになっており、もういいかな、という気持ちになっていた。やや下ってぶつかった三条通りを東に進み、バスで京都駅からやってきた河原町通りへ。そこからまた少し北上したところにキクオ書店がある。ここを本日の終点と定めた。
店頭には左側に刷り物の手に取りやすいものを置いた棚、ガラス戸を入ったところに岩波などの学術性が高い文庫の棚があり、そこから貼り交ぜ屏風のようなキクオ書店の世界が始まる。トピックで棚は細かく分かれており、眺めているだけで文化の小道を散歩しているような気分になれる。大きく分けると店の右側は重めの社会・歴史科学書が多く、左側はサブカルチャーや郷土史関係書といったところか。町場の水運に関する本でおもしろいものがないか探しており、ちょっと該当しそうなものがあったのだが、止めておいた。柳川がどうしてああいう町になったかの由来を書いたような本が欲しかったのである。残念ながら坊主で、済まない気持ちを抱えて外に出る。次に来たときには絶対。
人口密度の高い京都駅には戻らず、京阪電車の三条駅へ。ここから大阪までは一時間かからないし、明らかにJRよりも安いのである。というところで京都編はおしまい。つづく。