杉江松恋不善閑居 森小路「高埜書房」と「千賀書房」

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某月某日

日曜日はメトロおおさか中央線のコスモスクェアにあるインテックス大阪で第20回東方紅楼夢に参加していた。改めて関係者の皆様と来場・ブースにお越しくださった方に御礼申し上げます。

閉会は15時半、その後にどうするかはちょっと迷ったのだが、いったん動物園前のホテルに帰り、荷物を置いて出かけ直すことにした。中央線からは堺筋本町まで行って御堂筋線に乗り換える手もあるが、ダイヤによっては弁天町で降りてJR大阪環状線で新今宮まで行ったほうが早いこともある。新今宮と動物園前はほぼ同じ位置にあるのだ。この移動手段は天中軒雲月さんに教えていただいた。

ホテルに戻って荷物を置き、身軽になって環状線に乗る。京橋まで北上していき、そこから京阪電車へ。枚方市行きの各駅に乗って、森小路で降りる。

ここと隣の千林大宮は古本屋が集まっている地帯である。駅の西側は大きなスーパーがあるだけの普通の住宅地だが、東側に行くと何軒か立ち飲みもあった。あまり離れていないところにあるのが高埜書店である。店頭に均一棚があり、ショウィンドーには本が飾られているが、稀贖書というよりは児童書などで人気のあるものが並べられているようだ。この造りはちょっと珍しい。店内には文庫や一般書などを中心とした品ぞろえの棚。建物自体はあまり古く感じられないので、もしかすると比較的最近ここで営業を始めたのだろうか。予備知識がないので、迂闊なことは言えない。

店を出て森小路駅の西側に戻る。ここから北西に商店街を突き抜け、県道1号線にぶつかったところにあるのが千賀書房である。品揃えでは、大阪でここがいちばんだと私は思う。

店内に入ると、左に帳場があり、店主ではない男性が座っている。この帳場付近にあるのは古い漫画本である。店の奥に向かって何本もの書棚が並んで通路を作っている眺めは壮観で、両側から本がせり出して実に歩きにくくなっている。その間を縫って本を見て歩くのは至福の喜びである。前回来たときは後に予定を入れてしまっていたので1時間弱しかいられなかったが、今回は何もないのでいくらでも大丈夫である。時刻はまだ午後5時前だし、終わったら京橋で早めの食事でもしようか、と思っていた。最初は。

予定が狂ったのは、店の奥から出てきたご主人に話しかけられてからである。親しみやすい声で「どんなものをお探しですか」と聞かれる。その瞬間、ああ、今日はもうご主人におんぶにだっこで本の世界に浸かろう、と思った。普段からあまり他人とかぶらないジャンルの本ばかり探しているわけで、それがこのお店にどのくらいあるか聞いてみよう。

まずは大衆芸能の本が中心で、特に「浪曲」関連を捜している、とお伝えする。ふむふむ、浪曲関連ならこの辺ですが、入りきらない分はあっちに(と同じ棚の前を5メートルほど移動する)積んであります、とご主人。まずは「この辺」を見る。浪曲関連は残念ながら持っている本しかなかったが、雑芸という分類になるだろうか石井達朗『サーカスを一本指で支えた男』(文遊社)を発見、これは買うだろう。

次いでご主人のいう本の山に移動する。こっちは大阪で、そっちは関東です、と言う。なるほど芸人の属性で分けてあるわけだ。ここも純粋な芸人本は持っているものばかりだったのだが、ここぞとばかりにご主人は攻め込んでくる。こういう懐かしい歌ばかりの本があって、おもしろかったですなあ。それは演芸作家の相羽秋夫と写真家の中辻和良が組んで作った『心にしみる大阪の歌』(東方出版)で、さまざまな大阪芸人に大阪のことを歌った唄についてインタビューしたものらしい。あ、二葉百合子門下の中村美津子が三門忠司「河内の次郎長」について話している。採用。サイン本のためちょっとだけ値段が上がって千円。

思い出して、雑誌「上方芸能」はないかとお訊ねしてみた。捜している号があるのだ。するとそれは出てしまって、とのお答えだったが、代わりに「上方文化」「大阪人」などの大阪文化を扱った雑誌のところに案内してくれる。その流れで出てきた本が梅林貴久生『うどん』(青樹社)で、子供を身ごもった女性が日本一のうどん屋を作るまでを描いた物語だという。迂闊にも知らなかったのだが、ご主人によればテレビドラマ化されてご自分も観ておられたという。後で調べたところ、松山容子主演で関西テレビが1967年に放送している。最終回は49.7%も視聴率があったとか。漫画化もされていて、当時の人気作品だったようだ。そうか、知らなかった。採用。ぱらぱらと見たら実名で芸人たちも登場するようである。

ここから火がついて、いろいろ教えていただいた。琵琶の本はありますか。ああ、琵琶はあまり出ないですねえ。このあいだ薄い本があったんですが、普段はウクレレの本を探している方が買っていかれましたわ。あら残念。では、瞽女本はあるでしょうか。ああ、瞽女の本は何ヶ所に分かれて置いていた記憶があります。一つは、ホームレスとかああいう定住しない方のコーナーですね。以前は身体に障害を持つ方のコーナーにも置いていたことがあるんですよ。と、一緒に非定住者のコーナーを見に行く。なるほど。その隣に寺山修司のコーナーがある。なるほどなるほど。で、さっきサーカスの本をご覧になっていた、あそこにも瞽女の本は置きますね。ああ、今なかったですが。だったら売れてしまいましたかなあ。琵琶の本もやはりあそこですか。ああ、そうですねえ。

この棚の近くは、仏教など宗教書や哲学書があり、奥には映画本が堆く積まれたコーナーがあった。そこを二人でカニ歩きしながら移動していく。要所要所でご主人が本を取り上げ、これおもしろいですよ、と教えてくれる。店の本で面白そうなものについては、まんべんなく目を通しているのだ。仏教書で節談説教の本を探したが残念ながら不発。説教と言うか説話の本ならこういう本がありますわ、と出してこられたのが塚崎進『悲劇説話の誕生』(桜風社)。二部構成になっていて、後半が「日本の唱導文芸とその継承」となっている。面白そう。よし採用。

この店は奥にも帳場があり、その前が映画コーナーになっている。ここでいろいろ興味深い本を見せてもらったのだが、近所の人に悪いので省略。気になったら実際千賀書房に行ってもらいたい。いい本があるなあ、と思って見ていたら大友宗親『日本映画 責めと残酷』(芳賀書店)を発見した。かつての時代劇映画に描かれた責め、緊縛や拷問・処刑場面などを集めたグラフ本で、表紙があるととてもお高いのである。表紙なしだったので安かった。これはもちろん採用。芳賀書店は後にこれの続篇を出す予定だったと聞いているが、実現したのか、どうか。

このへんになるともう何を言ってもいいか、みたいな雰囲気になっているので、次々に質問をしていく。ある本について聞いたらご主人が、実は普段本が前に積んであって見えないところにそのコーナーがある、と言い出して棚前の整理を始められた。ご苦労をかけて申し訳ない、と恐縮していると、いえいえ、こういうことでもないと本に日の目を見せてあげられませんから、と笑われた。もちろんその過程でも、あ、ここにあったのか、といろいろ本が発見されていく。捜していた本はなかったが、おかげでいいものが見られた。

あ、そうだ。

ユースホステル関連書はありませんか。と伺うとご主人が残念そうになる。ああ、まとめて捨ててしまいました。ええっ。以前まとめて買うたんです。段ボール箱二つ分くらいあったんですけど、スタンプ帳ですか、ああいうのがいっぱい入っていて。えええっ。それ、捨ててしまいましたか。捨ててしまいましたあ。もしかすると倉庫にまだあるのかもしれませんけど。今度、見ておきます。お、お願いしますっ。

この分だといつまで経っても私は帰らないだろうと思ったので、ご主人に今の時点でお会計を、とお願いする。奥の帳場に行く途中で、また発見してししまった。吉井貞俊『遊行 伊勢本街道』(美学社)である。三年間かけて大阪から伊勢神宮までの道を歩ききった人の記録で、四日市から伊勢までの伊勢街道に関する本はあっても、大阪~伊勢は珍しい。少なくとも私は店頭で見たことがないので、即採用である。うはっ、この期に及んで。

そして計算をしてもらっている間に、また発見してしまった。山本嘉次郎『カツドウヤ水路』(筑摩書房)が安価で置いてあった。ふはっ。これはいかん。ときめきトゥナイトではないほうの山本監督はエッセイが抜群におもしろいのだが、これは学生時代からPCLを経由して東宝に入るまでを描いた半世紀で、最後は東宝撮影所の大労働争議で終わる。これは買うだろう。もちろん採用。

これだけ買っても安かった。支払いをしながら、まだしばし雑談。いや、それにしてもお店は遅くまで開けておられるんですね。何時までなんですか。以前は午前1時までやってました。ええっ、午前1時ですか。私、結婚したんですが嫁さんに何時に帰ってくるのか、と聞かれて、午前3時くらいかな、と答えたらえらい怒られまして。あんた、結婚生活せんつもりかっ、て。それで12時には閉めるようになったんです。最近、コロナがあったでしょう。あれで少し短縮して11時にしたんですが。それでも11時ですか。じゅうぶん遅いです。

お店を出ると、午後7時を回っていた。2時間いたことになる。濃密な2時間であった。

駅に戻る途中に春日湯という銭湯がある。そこで一汗流していこうと思い、歩いていたところ、どこからともなく花火の音が聞こえてきた。ただ、花火そのものは見えず、爆音だけである。どこの花火だろうなあ、と思いながら春日湯に入る。昔ながらの番台のお店で、おかみさんに、花火上がってますねえ、と話しかけると、あらそう、どこでやってるやろ、と首を傾げられた。どうやら淀川花火大会のものであったらしい。気持ちよく春日湯を出て、駅近くの風月というお好み焼き屋へ。かす入り焼きそばが人気の店でビールを中瓶で2本。心地よく酔ってホテルへ帰る。大阪編、おしまい。

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