実券でヨロシク12 「われわれは夢と同じもので織りなされている」(『テンペスト』プロスペロー)

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杉江松恋不善閑居の10/11付記事で書いたが、私は2010年頃に北尾トロさんが当時刊行していたミニコミ誌『レポ』に参加した。その『レポ』が〈ヒビレポ〉というメールマガジンのようなものを出すことになり、執筆陣に声がかかった。その折に、じゃあ杉江松恋というライターが今何を考えているかを書きます、といって全13回で連載を始めたのがこの「実券でヨロシク」である。たぶん2012年頃だと思う。原稿がごっそり出てきたので、一気に掲載してしまう。当時はそういうことを考えていたんだ、と懐かしく読んだ。参考になるかどうかわからないが、2010年代の話としてご覧いただければ幸いである。

画像はサークル〈腋巫女愛〉過去作表紙から(赤色バニラ・くまさん画)

=====

この連載の第7回で、私が自分自身の今後についての指針を書いたのを覚えておられるだろうか。重複になるが、以下に要約して再掲する。

A.自分より若い人、キャリアの浅い人を大事にする。賛同者が「事業」に参加しやすくなる仕組みを作る。

B.原則は成果主義で、「地位」を重視するような構造が発生しないようにする。

C.「上がり」「卒業」といった仕事の上位概念を作らない。

D.第三者がそこに加わりたいと思うくらいに、おもしろくなければいけない。

これに付け加えるとすれば、

E.これから成長する分野でなければいけない。

だろうか。この5ヶ条を意識しながら私は現在の「杉江松恋」を作ろうとしている。では本当にそれが守れているかどうかを、実際の仕事に即して見てみたい。しばしお付き合いのほどを。それぞれ★で評価しよう。5つが最高点、始めた順に並べている。

1)書評サイト「BookJapan」

A★★★

B★★★

C★★★★

D★★

E★★★

前にも書いたが「BookJapan」ではプロとアマを区別せずに希望者に門戸を開き、書評を発表する場に使ってもらっている。そういう意味では参加しやすい場のはずなのに思ったよりもライター数が増えていない。Aの評価を低くしたのはそれが理由だ。また、第三者からの評価を厳しくつけたのは、訪問者数とアフィリエイト収入額が微増に留まっているからである。1日あたりの訪問者は倍になっているが、まだ微々たる数字である。またアフィリエイト収入はほとんどない。

たとえばこのサイトが祝祭日と休日を除いて毎日更新をしたとする。稼動日数が240だから、1日千円の原稿料が発生し、24万円の支出になる。これにサイトメンテナンスの人件費が36万円かかるので、60万円が経費である。これをすべてアフィリエイト収入で補えて初めてサイトの読者に「おもしろい」という評価をもらったと言い切れることになる。もちろんこの支出分は経費として処理するのでこんなに話は単純ではないが、つまり年間60万円、月額5万円の収入をこの事業の管理目標になるということである。遠いな。しかしやりがいはある。

Cの点数を高くつけたように、これは「書評家(文筆家)として偉くなること」を目標にして始めたものではないので、このサイトの評価がいくら世間で上がっても、それを事業の成果には加算してはいけない、と私の中の人事部が言っています。うう、厳しいね。

2)トークライブ「Live Wire」

A★★★★

B★★

C★★★

D★★★★

E★★★

前回の終わりに書いたが、現在このイベントを年末年始などの特別な時期を除いて毎週開催しようと考えている。以前は規則性なくイベントを入れていたのだが、ここ数ヶ月でやり方を少し変えた。月に4週あるとして2週は得意分野、すなわち小説に絡むものにするのである。1週はミステリー、もう1週は非ミステリーの外国小説に関することである。

ミステリーで今やっているのは「非英語圏のミステリーはどうなっているか」という探求シリーズである。これまでドイツ語圏と北欧の2地域を取り上げた。読者として自分は英語圏の作品ばかりを重点的に読んできたが、それ以外のミステリー文化についてはよく知らない、いったいどうなっているのだろうか、という疑問が根底にある。もう1つの非ミステリーの外国小説についても同じである。自分はミステリー・プロパーの書評家として世に出て、これまでそのジャンルに入るものばかりを読んできた。実はその他の作品についてはあまり詳しくないのである。自分の弱いものに挑戦しようと思い、出版社にお願いして最新作ばかりをゲラで読ませてもらって紹介するイベントを開始した。

こういう風に、得意分野といっても自分が本当に得意とするもの「以外」を中心にやっていこうと考えている。感触でいうと、これはやるべき仕事であり非常に「おもしろい」。本当ならDは★5つにしたいところなのだが、現時点では集客が十分とはいえないので、4つにしておこうと思う。これは内容だけではなく、システムの問題でもあるだろう。一度来てくださった方を再度呼び込むためにはメールマガジンでイベント予定を報せたり、他のイベント会場と連携して告知をするシステムが必要になる。また、早めに番組を決めて告知期間を長くとる努力も必要だ。現時点では集計管理を行っていないが、2013年には観客数の月別合計を目標として定めようと思う。あ、それが実券力か。

Bを低く見積もった理由も書いておこう。どうしてもお客さんは「ブランド」を重視する傾向がある。それは当然で、大事なお金を払うのだから(鈴木みのるによれば「余ってるお金」)過去の実績やメディアで見聞したことからくる期待を判断材料にする。ということは、ゲストを依頼することによってなんらかのヒエラルキーに従わなければならない場面も今後出てくるかもしれないということだ。

ただし、それでゲストが意気に感じてくださったり、自分でも同じことをやってみたいと思ってくださったりすることがあるかもしれない。そうなればトークイベントの輪は広がっていくことになる。ゆえに実はAの参加しやすさは高い事業なのである。最終的には同じようなプロデューサーを増やし、休日を含むすべての日程をイベントで埋めていきたい。まあ、それは私だけでできることではないのだけど。

C)トークライブ「杉江VS米光のどっちが売れるか」

A★★

B★★★★

C★★★

D★★★★

E★★★

下北沢の書店B&Bで始めたイベントだ。B&BはBOOK&BEERの略で、本を選びながらビールを飲むこともできるカフェタイプの新しい書店である。

このイベントは、私とクリエイターの米光一成氏が観客に向かって本の内容を紹介し、どっちがおもしろかったかを書店の売れ行きで決めてもらうというものだ。今流行の「ビブリオバトル」に似ていると思うのだが、その存在を知る前から私はやってみたいと思っていた。原案は、この連載で前に書いたように、井田氏が私に言った「本の啖呵売」である。だから本来はLive Wireでやるべきイベントなのだが、B&Bには書店としてわれわれが薦める本を仕入れることができるという利点がある。余っても、取次に戻せるので基本的に店が存在が蒙ることがないのだ。それがこのイベントをB&Bに持っていく決め手となった。

これまで2回開催していずれも結構な人数の観客にお越しいただいた。そういう意味ではDを満点にしてもいいと思うのだが、米光氏が「いや、もっと人が入るはずだ。納得がいかない」とおっしゃっているので★1つを減じることにする(なのでフルハウスにすることが目標である)。

将来性はあると思う。ただ、一般のビブリオバトルとは違って「杉江松恋」「米光一成」の個性が強く出たイベントになっているので、まだ他の人に真似されるほどのものにはなっていないように思う。大森望氏と豊崎由美氏の2人に「メッタ斬り」コンビという通り名ができたように、杉江・米光に何かのイメージがついたときに一般化は完了するのではないか。その期待をこめて、現状ではAとEの点は低く見積もっておきたい。

D)読書会「杉江松恋の読んでから来い」

A★★★★

B★★★★

C★★★

D★★★★

E★★★

これは荻窪のライブハウス、ベルベットサンで開いている。ベルベットサンは、もともと純粋な音楽イベントだけの店だったが、最近になって文学などに関する催しを始めた。そこから読書会をやりたいといわれて開始した。

参加しやすさ、成果主義をそれぞれ4にしているのは理由がある。もともと、参加者が平等に楽しめるようにしたいと考えて企画した読書会だからだ。私はこれまで加わってきた読書会の弱点を「特権的な人」ができてしまうことだと考えていた。レジュメ作成者ならレジュメ作成者、参加者の中に批評家などの知識量が多い者がいればその人物が「偉く」なってしまう。場の空気を支配してしまうのだ。そうなると、他の人はどうしても意見を拝聴するような形になってしまう。

その弱点を克服するために考えたのが「参加者が同じだけ作業をする」システムである。この読書会では、参加者全員に本を読んだ後にレジュメを切ってくることを求める(レジュメを作らないと、参加費が高くなる)。そうすることにより全員を対等の立場にしようとしているのである。また、発言の機会もなるべく公平にするようにしている。司会者としての杉江の役割は交通整理であり、発言の機会均等化である。私が口を挟む機会が少なければ少ないほど成功だが、現時点ではまだ発言数が多すぎるし、自分の存在を殺しきれていない。だから上位概念を消せていないという意味でCを低くしているのである。

このシステムを完成させたら、できれば別の読書会にも同じやりかたを試してもらいたいと考えている。これの管理数値は、ベルベットサン以外の何箇所で同じような読書会が開いてもらえるか、ということになるだろう。興味がある方は、ぜひご連絡を。

正直なことを言えば、これの欠点は主催者側にあまりお金を落とせないことだ。人数を多くしすぎると、読書会としてはつまらないものになってしまうからである。だからといって参加費を高くするようなことは考えられないので、何か発想の転換が必要になる。将来性を3にしたのはそういう理由だ。おもしろくても、事業としての安定した収入がないと継続が難しいからである。それを思いつくことも今後の課題にしたい。

5)投稿サイト「アマ書評テラス」

A★★★★

B★★★★

C★★

D★★★

E★★★★

講談社の「プロジェクト・アマテラス」内で始めさせてもらった、私にとってはいちばん新しい事業がこれである。

これを作ったのはごく単純な理由で、1)の「BookJapan」のようなプロ仕様を追及する書評サイトはやはり参入しにくいのか、と考えたからだ。それならばもっと気安く参加できる形で書評サイトをできないかと思い、試行錯誤しているうちに「プロジェクト・アマテラス」に行き着いた。「プロジェクト・アマテラス」は本や出版の文化を通じて遊ぶことを目的にしているサイトである。掲示板形式なので、これは気軽に参加ができる。書き込みの内容だけで語り合うというわけだから立場は平等だし、お題を変えればそのたびに刷新が図れるという利点がある。将来性も十分にあるはずだ。A、B、Eそれぞれに5をつけてもいいのだが、始まったばかりということでちょっと遠慮しておいた。

Dが3なのは、2)と同じでまだ参加者がそんなにいないからだ。雑誌の読者コーナーと同じで、これは書き込みが増えてくればもっとおもしろくできると思う。また、Cは辛めに見積もった。このプロジェクトの唯一の弱点がそこで、どうしてもリーダー(という肩書きになっている)である杉江松恋がここでは上位概念になってしまうからである。また、外部の人から私が投稿者を抱え込んで上に立とうとしているように見えるという批判を受ける可能性もある。そうした意図はなくても、見えてしまえば同じことだ。そうならないようにという戒めをこめて、Cの点数は2なのである。

もちろん管理目標は参加者数だ。多くなればなるほどこれはいい。書評はやろうと思えば誰にでも書ける。難しいが、きちんと書ければとても楽しい。そういう魅力を1人でも多くに広げていければ、きっと書評文化自体が底上げされていくと思うし「BookJapan」にも良い見返りがある。私はそう信じているのである。ええ、信じていますとも。

こんな感じ。事業としてはまだまだ発展途上のものが多いけど、そのうちにこの中から「将来性5」「おもしろさ5」に育ってくれるものが出てくるはずである。また、これ以外にも協力してくれる人がいれば、何か違う形の事業も始めてみたい。我こそは、というパートナー希望者の方、いつでも玄関の門は開いているからね。

今回の「実券予定」(当時)※省略

(つづく)

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