土曜日の朝である。午前7時台の新幹線のぞみに乗って西へ向かう。大阪に心斎橋大学というところがある。故・藤本義一氏らの肝入りで始まった作家志望者の為の学校で、以前にも一度読んでもらって特別講師を務めたことがある。今回は作家の遠田潤子さんが講演をなさることになり、その聞き役として呼ばれたのである。
が、その前にまずは寄り道である。10月31日より京都で百万遍古本まつりが開催されている。大阪に行くならまず京都だ。新幹線を途中下車、左京区の知恩院を目指す。
京都駅からは206系統の市バスで約20分程度か。降り始めた雨が本格的になってきて、傘がないとどうしようもないくらいである。幸い家からビニール傘を持ってきていたので、難なく歩き始めることができた。
だが、どうも様子がおかしい。知恩院の前まで来たが、古本まつりのことなど一言も書かれておらす、境内は静まり返っているのだ。午前10時からの開催のはずだから、おかしい。もしかすると雨で中止になったのかな、と考えてとんでもないことに気づいた。
知恩院じゃなくて、知恩寺か。
慌ててスマートフォンで調べてみると、京都大学の近くに知恩寺がある。知恩院からは2kmほどの距離だ。なぜこの至近距離に似たような名前の寺を二つ作るか、と憤慨しながらタクシーに乗る。八つ当たりされた知恩寺と知恩院もいい迷惑だ。百万遍で車を降りると、なるほど通りには古本まつりののぼりがはためいている。間違えて山門ではなくて裏から入ってしまったのだが、知恩寺にもちゃんと掲示が行われていた。やれやれ。
しかし一難去ってまた一難。会場がいやに静かなのである。境内にはいくつかのテントが張られており、周囲はビニールシートでぴったりと閉められている。参道を上がり、近づいていくと、均一コーナーらしき背の低い棚は密封する形で上面を縛られていることがわかった。まったく人影は見えず、これはもしかすると雨天中止になったか、と残念な気持ちがこみ上げてきた。いや、仕方ない。結構な降り方なのである。だが、ここまで来ること自体に意味があったのだ、と無理矢理自分を慰めようとしたところで、テントの一つから出てくる人影が目に入った。
あ、客がいる。
どうやら雨が降りこまないように入口を小さくしているが、テントの中で本は売っているらしい。なんとか無駄足にはならずに済んだ、と自分も探索を始める。境内なので足下は土、舗装されているわけではないので、テントの中といえど泥でぐちゃぐちゃだ。そんなことを気にしはしていられないので、どんどんと見て歩く。
雨のせいだからか、開いていない店もある。このあと大阪に向かわなければならないので、やや少ない店舗数になっていて、逆によかったかもしれない。野川浩『足で書いた世界穴場地図』(啓明書房)がまず拾えた。野川は性文化研究家で、これは世界のそういう地帯を探訪して書かれたビンクガイドである。もう一冊、大阪藝能懇話会『桂文我出席控』があった。二代目桂文我が残した寄席の出演録をまとめたもので図版も多くて資料価値が高い。『藝能懇話』の別冊第二巻である。
十分収穫があったから行こうか、と思って山門近くまで来ると、三密堂書店のテントがある。ミステリーから宗教書まで幅広く扱っている実力者だ。ここは何かあるはず、と思ってテントに入る。中は〓字型になっていて真ん中の通路だけではなく、両面の外側にも本棚が並んでいるのだが、あいにくの雨でビニールシートがかぶせられており、半透明のシート越しにしか本が見えない。だが中途に切れ目があり、そこに体をねじこむことに成功した。入って正解、文学書から社会科学書まで幅広く取り揃えてある。仏教書のコーナーを特に熱心に見た。というのも、京都といえば寺で、仏教関係の古書ならここに集まるはずだからである。寺といえば京都、山といえば長野、海は、知らない。静岡だろうか。
仏教書の中に一冊これは、と思うものを発見した。直林不退『節談椿原流の説教者』(永田文昌堂)である。題名から見るに、これは先日来探し続けている節談説教の本ではないか。目次、巻末の索引を見ると、やはり節談についてページがだいぶ割かれている。これは無条件で買いだ。
テントから出ると雨は若干小降りになっていた。14時半に心斎橋にいなければならないが、今はまだ正午前である。あそこに行くしかあるまい、と歩き出した。(つづく)