杉江松恋不善閑居 銀閣寺道・古書善行堂

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某月某日

知恩寺を会場とする百万遍秋の古本まつりを出て、ひたすら東へ向かう。

京都大学のあるこの通りには他にも複数の古本屋があるが、今日は見ている暇がない。本当なら、コロナ後もあの店は健在であるか、とか確かめに行きたいところなのだが何しろ14時半には心斎橋にいなければならないという制約があるのだ。どんどん歩いて東の果てに近いところまで来る。そこにあるのが、古本者の趣味が高じてついに本職の古書店主になってしまったという山本善行さんの、古書善行堂である。何年ぶりだろう。再訪できた。

前まで来たのだが店が開いておらず一瞬どきりとする。慌てて時計を見たら、まだ開店時刻の12時にはなっていなかった。向こうのほうから合羽を着た山本善行さんが自転車でやってくるのが見えた。店の前で待ち構えているのもどうかと思い、そこらの店で食事を済ませてくることにする。

20分後、店の前まで戻ってみると無事に開いていた。元は別の用途で建てられたと思しき店の、格子戸を開いて中に入る。

店内は鰻の寝床になっており、真ん中に棚があって左右に仕切られている。右は文庫を中心としたゾーンでZINEなどもあり、左は文芸単行本が中心である。最も奥が帳場、店内にずっとジャズがかかっているのは善行さんの趣味だろう。そういえば善行さんは『本の中の、ジャズの話』という本も出しておられる。

帳場の前に戦前の本など珍しいものが集中しているので、そこに狙いを定めてじろじろ見る。徳川夢声『爆雷社長』(錦城出版社)があるので、それは早々と購入を決めた。短篇集なので他の版で読めるものもあるかもしれないが、この値段ならまあよかろう。いちばんの探求書はなかったが、夢声が手に入れば御の字である。

中央分離帯のコーナーに小出版社の新刊も置いてあるので、そこも丹念に見た。林哲夫『書店レッテル入門』(書肆よろず堂)があったので、これは買うことにする。書店レッテルとは古本を買うと見返しのところに貼ってあることがある小さなシールで、ブック・ラベルなどの呼称がある。私などは神保町にあった東京泰文社のものを懐かしく思い出すが、古書店だけのものではなくて新刊書店や版元が貼付することもあったらしい。本書はカラー印刷で、レッテルが意匠で分類された形で紹介されている。中には見覚えのあるものもあり、後ほど楽しく読み終えた。

店を出てバスを待とうとするが、京都駅に向かうものは1時間に4本しかない。そうこうしている間に雨がひどいことになってきたので、大事をとってタクシーを捕まえた。京都駅まで向かう間に、中国・四国地方での降雨がひどいことになり、山陽新幹線が停まっていると知った。危ないところである。京都に来ず、直行で大阪を目指していたら私も足止めを食っていた。まったくの偶然だが、古本まつりのおかげで助かったようなものである。

京都駅はたいへんな混雑になっていた。外国人旅行客が便の変更をするためか有人窓口に押し寄せている。それを後目に地下に入った。地下一階に広がるポルタの西エリアでも、古本まつりをやっているのだ。ざっと見て歩いたが、東京で言えば東急ハンズなどで時たま開かれているワゴン市くらいの規模か。土地柄かコミックやデザイン系のものが多かった。

新快速姫路行きに乗って西へ。新幹線の混乱が申し訳ないほど車内は空いていて、快適だった。大阪駅で下車し、御堂筋線で心斎橋に行く。ほぼ時間通りに到着し、遠田潤子さんにご挨拶することができた。初対面なのでいろいろお話しし、講演会場に入る。聞いていたより人数が少なかったが、大雨の影響で来られなくなった方もいたらしい。後日配信で観覧できるとのことで、安心する。

終了後は近所で軽く打ち上げとなった。よい店で、いささか酩酊する。本当であればこの後も古本屋に一軒行くつもりだったのだが到底無理だろう。投宿し、そのまま熟睡した。(つづく)

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