杉江松恋不善閑居 蛸地蔵・東雲舎と真山隼人独演会「暗闇の丑松」

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某月某日

京阪行二日目の続き。

泉佐野のオケフサを出て、また大阪に戻る。ただ、その途中で一軒だけ寄らなければならない。各駅停車で数駅、岸和田手前の蛸地蔵で降りる。駅前にたこ焼き屋など、普通の店がぽつぽつ並ぶ感じのいい商店街がある。それを海方向へ、北西向きに歩いていく。わずか数百メートルの間にいくつもたこ焼き屋があるのが泉南らしさを感じさせる。

そのうちに道の右側に見えてきたのが、有限会社東雲舎だ。これもgoogle mapを検索していて発見した店である。そんなに大きな店舗ではないが、中で珈琲も提供しているという。店主の人柄について言及したレビューもあって、興味を惹かれた。というか岸和田の古本屋というだけで興味津々だ。

中に入ると、鰻の寝床の店内が左右に分かれており、右にはコミックや文庫棚もある通路、左は単行本が中心だが、なるほどテーブルと椅子が並べられている。ここが珈琲地帯か、と思ったが、今年の6月で残念ながらその提供は終わったという貼り紙が。ではテーブルと椅子は何のためか、と思われるかもしれないが、後でそれは判明する。

まっすぐ店の奥を目指す。というのも入口の貼り紙に、貴重な本は目録に記載して倉庫に保存している旨が書かれていたからだ。目録というので冊子のようなものを探したのだが、見当たらない。A4大のファイルがカラーボックスに並べられており「文学」「映画」「芸術」のようにタイトルがつけられている。どうやらそれらしい。文学の項を手に取る。作者別になっており、特に五十音順というわけではないようだ。

見ていると石原慎太郎の項に初期作品があった。1977年の『暗闇の声』(光文社)だ。衆議院議員選挙に復帰し環境庁長官になったのが1976年、1978年に最後の傑作である『嫌悪の狙撃者』(中央公論社)を出しているので、作家前半生の最末期といえる。私が感心を持っている石原慎太郎は『嫌悪の狙撃者』までなので、これは読まないといけない。あとで見たら文庫にもなっていなかった。もう一冊、エッセイ集の『戦士の羽根飾り』(1979年。角川書店)もあった。一応これも候補とする。

店の奥にいたご主人にこれこれを見せてもらいたいとお願いすると、もともとにこやかだったご主人が、さらに嬉しそうになった。いそいそと二階らしい倉庫に歩いていき、石原慎太郎をを持って戻ってくる。聞けば、目録買いの客もいるがほとんどは郷土関係の本ばかりで、文学書を注文するのは少ないのだという。なるほど、文学書がお好きなのですね。調子に乗っていろいろお願いすると、椅子に座ってくださいと言われた。なるほど、今はそういう客のための閲覧席になっているわけである。目録からかなり見せてもらった。全集と書かれた目録から川崎長太郎が気になったのだが、中にダブりがあったので断念。結局最初の石原慎太郎だけを購入することにした。

気持ちいい時間を過ごして東雲舎を後にした。なるほどレビューでも店主の人柄に言及する方が多いわけである。普通の商店街の中に突然出現する文学・郷土史本のオアシス。これからも続けていってもらいたい。

大阪に戻り、向かうのは谷町四丁目の山本能楽堂である。ここで真山隼人独演会があるのだ。長谷川伸原作を小佐田定雄が脚本化した「暗闇の丑松」がネタ下ろしされるという。せっかく大阪にいるのに、これを聴かない手はないだろう。能楽堂に登場した隼人は、今日は文化の日なので、文化的な話を今日はやると宣言。ただ「暗闇の丑松」があまりにも救いようがないので、前講では救いようもなく馬鹿な二人の話をやると。

違袖の音吉 隼人・さくら

中入

暗闇の丑松(長谷川伸原作・小佐田定雄脚本) 隼人・さくら

トーク 隼人・小佐田

「違袖の音吉」は当たる者みな傷つけるギザギザハートみたいな違袖の音吉が20も年上の男を子分にし、大侠客に喧嘩を売りにいくという話。何かに似ていると思ったが、これは本宮ひろ志の世界だ。『男一匹ガキ大将』の戸川万吉はこのへんが原点だろう。「暗闇の丑松」は照明を落としたこともあり、演劇的な効果もある。丑松が仇を殺める場面は上手を向いた隼人が半身になっていることもあり、見得を切っているかのようであった。これは十八番に磨き上げてもらいたい外題となった。そのへんのことも終わりのトークではしっかり語られた。

終演後はいろいろな人とお会いして話ができた。なんといっても小佐田さんとお話できたのが嬉しい。桂枝雀の作家とお会いできて光栄である。一泊して大阪に残って本当によかった。(つづく)

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