杉江松恋不善閑居 4000字の文章が書けないときはこうやって乗り切っている

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某月某日

前日が動画収録に落語会主催と派手だったので、一日引き籠って仕事読書に徹した。このめりはりをつけることの重要性を年々実感している。

若いうち、といってももう三十代、四十代に入ってからだが、イベントの後を無為に過ごすことが多かった。前日の興奮が抜けなくて、つい、記憶を反芻してしまうのだ。SNSが出来てからはさらに駄目で、外部記憶装置が出来てしまったようなものだから、だらだらと時間を費やしてそれを見てしまった。

五十代に突入したあたりで瞬発力の衰えを感じるようになった。仕事モードへの切り替えがなかなかうまくいかない。しかも、根を詰めて一気に書き上げるということも難しくなった。以前であれば四千字くらいは書けたところが、二千字で息切れがするようになった。そのうちこれが、千字、五百字と低下していくのかもしれない。

漫画家が年を取って描線が衰えるのを「竹ペンで描いたような」と評したのはどなただったっけ。記憶力も衰えているので、すぐには出てこない。故・山藤章二が、筆でさらりと描いたようなタッチを多用するようになったのを、以前のような細密な線は引けなくなった、と言っているのを見て愕然としたことがある。おそらく老眼が原因だったのだと思う。歌手も高音が出なくなる。落語家や講談師、浪曲師も詰まるようになる。これは自然の摂理である。文章書きは以前のようには文章が書けなくなる。そこは技巧でなんとかしていくしかない。

前にも書いたことがあるが、調子が悪くて乗り切れないとき、私は書かなければならない文章を分割する。たとえば40字で100行だとしたら、まえがきを5行、あらすじ紹介を15行、構造分析を20行というように、書かなければならない要素を羅列し、全部の構成を最初に作ってしまうのである。調子がいいときはこの羅列をやらなくてよくて、頭からお尻まで一気に書いてしまえる。羅列をするのは、書けない書けないと言っていても仕方がないので、作業の全貌をまず自分に見せて、納得するところから始めるためだ。

言うまでもないことだが、この羅列した要素を埋めていくだけだと、文章は生きたものにならず、いかにもつぎはぎしたような感じが残る。書いていると興が乗ってきて、グルーヴ感が出てくる。そうなったときに、勢いを活かしながら最初に決めた構成を壊し、もっと読んでいて楽しいものに変えていくのである。

このグルーヴ感が出ないときもある。そういうときは仕方ないので、ちょっとおもしろい言い回しを考えて、文章の隅々に配置してみることがある。その言い回しを使うために文脈を考えて、どうやったらそこに到達できるだろうか、と工夫することで自然に文章を加速させられるからだ。もしくは、文獻を調べてトリヴィアルな情報を埋め込むこともある。これは本題とは関係ない箸休めのようなものだが、異物が入っていることが文章に思わぬリズムを生み出してくれる。

大事なのは、言い回しにせよトリヴィアにせよ、文章全体を滑らかに進行させるために置いているので、それ自体が目的ではないということである。これらを置いたことで文章書きが楽しくなり、乗ってきたら今度は夾雑物が邪魔になってくる。読んでみて、なめらかに進行しない感じになっていたら、潔く削る。もう役割は済んだから要らないのである。本題がなかなか進まないなら、本題ではないもので先に進めるようにする。本題が進み始めたらおまけの部分は要らないから外す。そういう手順で、二度手間もいいところだ。しかしこれをやらなければならない時もある。

大事なのは、要らなくなったら潔く削るという決まりを守ることだ。これができない書き手もたくさんいる。私もうまくできていないことがある。読んでいてごつごつした感じを受けて下手だなと思う文章の一つが、書くこと自体が目的として読ませる意識が薄れているものだ。はっきり言ってしまえば自己満足的なのである。

どんな仕事にかかるときも、書き始めたら一気呵成に終わらせたいと思っている。なかなかそうはいかないが、ふうふう言いながらでも一息で書きたいと願っている。今日もこれから二本ぐらい書く。書けるといいのだが。

昨日は単発の仕事依頼を一本いただいた。単発の仕事依頼をいただくと世界から、生きていていいよ、と言われた気持ちになる。連載の依頼をいただくと世界から、あなたが好きだと言われた気持ちになる。ありがたいことである。というわけで勤務評定は1.0。今月中に終わらせなければならない仕事は、レギュラーが2、イレギュラーが1、文庫解説が1。月始めからよくここまで減らすことができたものだ。もう少しがんばります。

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