杉江松恋不善閑居 赤十字前・古書好文堂

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存

某月某日

実は先週、所用で福井県に行っていた。立ち寄ったことがあるが宿泊はしていない県の一つである。蟹が好きなので、旬の季節にいっぺん行ってみなければ、と思っていたのでようやく実現できた。東京駅から敦賀まで北陸新幹線が延伸したので、三時間少しで着く。

冬の北陸はひさしぶりで、しかも寒波の影響で連日の大雪であると聞いていた。さぞ雪が積もっていることだろう、東京者は歩くことさえままならないのではないか、と重装備で身構えて行ったのだが、福井駅前は除雪で歩きやすくなっており、拍子抜けした。これが雪国の実力というものだろう。

福井には一人旅ではなかったが、数時間単独行動を取らせてもらった。言うまでもなく、古本屋探訪のためである。わかっている限りで営業している店が福井駅近辺に二軒ある。まずは一軒目から。福井鉄道の赤十字前駅から徒歩数分のところにある古書好文堂だ。

このお店、GoogleMapで調べると少し気になることがある。古書好文堂倉庫という名で表示されるのである。倉庫と事務所の営業で、この場所ではやっていないのではないか、と思って、さらに検索してみた。2020年まで福井駅前で営業していたのだが、再開発が始まって今の場所に移転したのだという。移転の理由が、工事の振動で本の山が崩れてお客さんが怪我をするといけないから、というのがいい。元から今の場所を倉庫にしていたのかどうかはよくわからない。2024年元旦には能登大震災が起きてしまったわけだから、移転して正解だったのかもしれない。

福井駅から歩いて福井鉄道の福井城址大名町電停まで行く。福井鉄道はこの付近では道路に敷設された軌道の上を走っている。いわゆる路面電車だ。雪が積もっている箇所もあってけっこう苦労して歩いたのだが、後で気がついたら電車は迂回路を通って福井駅前までくるので、そっちで乗ればよかったのである。GoogleMapを信用するとときどきこういう目に遭う。しばらく乗って赤十字前で下車。ここから軌道ではなく専用の鉄道に変わる。

駅を出て、踏切を渡る。その先にあるJRの線路下をくぐるトンネルを歩き、向こう側へ。線路沿いに北へしばらく戻ったところで東に曲がると、見えてくる。けっこう背の高い木造建築の二階に、好文堂倉庫の文字が。駐車場のことも書かれているので、やはり入店できるのだろう。ひさびさに訪れる未踏県の新店である。

店舗というよりは倉庫風の引き戸を開けて驚いた。中は店舗ではなくて、完全に事務所である。壁際に書棚があり、あちらこちらに本が積み上げられている。中央の椅子に女性が座っていたので、好文堂はこちらですか、と訊ねると、はい、お聞きになってみたらいかがですか、と不思議なことを言われた。もしかするとここは事務所で別の入り口があったのか、といったん外に出てみたが、それらしいものはない。今の女性が出てきて、こちらですよ、と言われた。お店の方なのかと思ったら、そうではなかった。近所の方が用事で来られていただけなのらしい。そうこうするうちに女性の店主がどこからともなく現れた。

気がついてなかったが、壁際に階段がある。店舗はそこを上った二階なのだという。いろいろな店を見てきたが、これは珍しいパターンだ。結構急な階段を上ってみると、なるほど見慣れた古本屋空間に突入した。

階段を上がって右側が、中央に二本の列があり、壁際に天井までの書棚が並べられた一般的な古本屋の配置である。中央は手前が古典芸能なども充実した趣味の棚で右に行くにしたがって漫画に変わっていく。同じく奥の棚は郷土本が主で右に行けば文学本。五十音順に並べられているのを見て直感的に、あ、これは石原慎太郎があるぞ、と思ったらやっぱりあった。初期石原慎太郎で『亀裂』(文藝春秋新社)『月蝕』(角川書店)『日本零年』(文藝春秋新社)、いずれも文庫化されているが今やそっちのほうが見つけるのが難しいかもしれない。三冊とも千円しない値付けで、上々である。

漫画は揃いが多く、今となっては紙で揃えるのが難しいものがごろごろ転がっている。奥の棚の向こう側と壁に挟まれた通路は人文科学地帯でやはり郷土本も強い。右奥の側は文庫棚。このへんは照明が弱く、見るのに苦労した。

左のゾーンに移る。こちらはレジ台を兼ねて作業机が置かれており、その周辺にもびっしりと本が生えている。壁際は希少度の高い文学書などが中心で、昭和作家特集棚の性格を帯びていた。福井ゆかりの作家というわけでもなく、店主の好みなのだろうか。見ていて飽きない品揃えだ。ざっと見たが、やはり先ほどの石原慎太郎を購入することにする。

店主は階下で作業をしていて、呼ぶと上がってきてくれた。階段を上り下りさせて申し訳ない。駅から歩いていらしたんですか、雪の中をすみません、と言いながら会計を済ませてくれた。

店を出るところまで見送られた。わざわざ申し訳ない。駅からもそう遠くないし、なんといっても店主の人柄が素晴らしい。いい古本屋に来られた、福井いいところ。(つづく)

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存