福井行の続き。
福井鉄道赤十字前駅の古書好文堂を出た。ここから北へ2.5㎞ほど行ったところにメアリ書房という古本屋がある。そのぐらいの距離なら歩いてもいいのだが、雪道なので無理だろう。GoogleMapで見たときは、福井駅からかなり離れているのでタクシーでも使うしかないかと思っていた。よく見てみると、福井駅を通っているえちぜん鉄道の西別院駅から近いのである。また、今乗ってきた福井鉄道で田原町まで行けばそのえちぜん鉄道に乗り換えられるのだが、西別院までは一駅しかない。歩いても大した距離ではないだろう。
そう思って赤十字前駅から福井鉄道に乗ったときは、まだ曇り空に雪がちらつく程度だったのである。田原町駅で降りてみると、白い綿帽子が舞う雪模様になっていた。東京者には慣れない天気である。メアリ書房までは1km弱ある。もうここまで来てしまったら仕方ないので歩き始める。歩道をまっすぐ東へ進むだけなのだが、慣れないのと、雪がかかれている幅が狭いので時折バランスを崩しそうになるのが困る。通常の倍くらいの時間がかかって、ようやくアリス書房の前に辿り着いた。
中に灯りが点いている。ガラス扉の中には大人の背の高さまで積まれた段ボール箱が見えて、到底営業しているようには見えない。しかし営業しているようには見えないのが常態の古本屋というのは多いのである。どっちだろうか、と思いながら扉の左上方に目をやると、こんなことが書かれていた。
「都合によりお休みております。ただ不定期はございますが。在店の際はお気軽にお声掛けください。店主」
電気が点いているのだから、在店であろう。ということは声をかけても問題ないということになる。
ガラス扉を押し開け、「こんにちは」と声をかけた。
返事はない。中で人の声がする。どうやら電話でどなたかと話されているようだ。ちょっと見える店の構造は縦長で、奥まで私の声は届きそうにない。
こういうときは電話である。アリス書房は日本の古本屋に加盟しているので、電話番号がわかる。さっそく掛けてみた。電話に出てくれる。
「こんにちは、アリス書房さん今日は営業しておられますか」
「ああ、今店は閉めてるんですよ。とてもお客さんが入れる状態じゃないので、休みにしてしまっているんです」
「ああ、そうなんですか。実は近くまで来ておりまして、見たら中に電気が点いているようでしたので」
「そうですか。せっかく来ていただいて申し訳ありません」
「やはり中は難しいでしょうね」
「うーん。通路が一本しかあいてないんですが、入れる範囲でよければ」
「はい、ぜひお願いします。実は、今お店の前にいるんです」
「え、そうなんですか」
というわけでめでたく中に入る。
電話でおっしゃっていたように、入れる通路は一本だけ。中央に三本棚がある鰻の寝床なのだが、それ以外のすべてには通路に本の箱が積み上がっている。
帳場にいた穏やかな男性がしきりに恐縮しながら事情を説明してくれた。やはり2024年の能登大震災が原因で、棚が崩れてしまい、修復はしたのだが通路に入れる状態にはならなかったので、日本の古本屋など通販のみの状態で店は基本的に開けていないとのこと。それでも私のように来てしまう人間がいるので、そのときはイレギュラーに対応しているということなのだろう。見える範囲でしかわからないが、棚は単にジャンルで分けているというわけではなく、トピックで固められたブロックもありなかなか興味深かった。壁際には郷土史コーナーもあり、近づけなかったが遠見にするだけでもいいものがたくさんありそうである。そのうち万全の体勢に戻って開店してくださることを心から祈りたい。
本の箱で入れなくなっている棚に精一杯体を差し込んでみたら、ラッシャー木村『猪木へのラブレター』(ライオン社)を発見した。はぐれ国際軍団のころの著書である。ダブりだが、欲しい人はいるだろう。これがあったから空振りにならずに済むな、と思ってさらに身を乗り出したところ、本の山の影に庄野八郎『葉山嘉樹』(たいまつ社)があるのを見つけた。葉山は戦前のプロレタリアート文学者の中でも犯罪小説家と呼べる作風の人で、調べなければならないと思っていたのである。拾い物だ。おそらく私はこの本のために福井まで来たのである。
喜んで会計をし、今度は日本の古本屋の在庫も見てみます、と言って外に出た。ぼたん雪はいよいよ激しい。西別院駅まで急いだ。