杉江松恋不善閑居 東武百貨店宇都宮店・昭和レトロ市と寸志トリ噺五十席

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存

某月某日

前週から開催されていた、東武百貨店宇都宮店の昭和レトロ市がこの日で終わるので、えっちらおっちら出かけてきた。前にも書いたように東武百貨店宇都宮店は、関東では唯一の古本まつりが開催される得難い場所である。足を運ばないと罰が当たる。

JR宇都宮駅で降りて、まずは東武百貨店のある西側ではなく、東側に出る。未体験の宇都宮ライトラインに乗るためだ。宇都宮東口電停は東口を出たところのすぐにある。黄色を基調にした車体が実に美しい、これぞ未来の路面電車という感じだった。震動も少なく、乗り心地も素晴らしい。

宇都宮駅に戻ってきて、20分ほどかけて東武百貨店を目指す。さんざん歩いた道なので、地図など見なくても目的地には着くのだ。開催場所は百貨店の五階である。正面扉から入ると、いきなり等身大のアントニオ猪木フィギュアに出迎えられた。同じ五階でアントニオ猪木展なのだという。そうだ、ここはいつも古本市と何か別の催しが同時開催されているのである。

会場入口までやってくると、まず見えたのは猪木展の人だかり、そして中古レコードや鉄道などのレトログッズを売るワゴンであった。一応レコードも見なければ、とワゴンに取りつく。ジャケットがなくて裸だが、東家菊燕「習志野騎兵隊愛馬の別れ」のEP盤が見つかった。三味線・高野東海に尺八・石高琴風だって。これは拾い物だ。

奥が本の列になっている。帳場があって、その向こうに通路四つ分ほどの長い棚が連なっている形だ。時間は十分にあるので、丹念に見ていく。最初から小当たりはあったのだが、状差のような箱に古めの本が陳列されている棚で発見があった。

まずは付録で、中一文庫のジョンストン・マッカレー原作・中島河太郎文の『地下鉄サム』だ。「弟子入り志願者」「哀れな老人」「サムの友情」の三篇とも、どうせ他の版で持っているだろうがジョンストン・マッカレーだから仕方ない。付録と同じ版型では『新浪花節集』なる冊子も見つけた。1941年9月1日発行で大阪の東光堂書店から出ている。目次を見て驚いた。こういう内容だ。

鉄の塊 広沢虎造

旗に祈る 寿々木米若

杉野兵曹長の妻 天中軒雲月

勧進帳 吉田奈良丸

妙国寺事件 酒井雲

戦友来る 天中軒雲月

「勧進帳」以外はすべて軍事浪曲なのである。1941年という時代を感じさせる。杉野兵曹長の妻は音が残っているが、後はもう聴く機会もないのではなかろうか。抄録でも速記が残っているのはありがたい。安かったこともあり、もちろん買い。安くなくても買うけど。

これでもうおなかいっぱいだったのだが、さらに大きな発見があった。付録漫画を丹念に見ていたら、あまり見たことのない表紙のものがある。目を凝らしてみると、題名には『がんばり大将』、作者名にはカゴ直利とある。小学六年生、いずれかの年の八月号付録である。

カゴ直利だ。前にも書いたがこの人の集英社版『日本の歴史』を私は子供時代に愛読していて、強い愛着がある。時代漫画で、かつ児童ものばかり手がけていたので、評価される機会の少ない書き手の一人だ。『がんばれ大将』はカゴの珍しい現代もののようである。あとで確認したところ、wikipediaにも記載がなかった。がん太郎ことがんばり大将が東京にやってきて住み込みで新聞配達を始める。設定はよくある明朗な少年ものなのだけど、ちょっと違うのはがん太郎が町を牛耳ろうとする悪人の不正を糺そうとすることだ。町のダニのダニ鉄という二つ名もひどい。

がん太郎の活躍でダニ鉄の子分・げんこの六が逮捕される。それを逆恨みしたダニ鉄は、がん太郎を殺そうとする。夜道を走る自転車のランプを目印に狙撃するのだ。どう見ても小学生としか思えない相手に大人気ないぞ、ダニ鉄。この顛末が描かれて物語は終わる。

これが見つかったのは感無量である。そうか、カゴ直利に呼ばれて宇都宮までやってきたのか、と思いに耽りながら宇都宮線に乗り、帰京した。夜はアートスペース兜座にて立川寸志さんが真打披露目興行のためにトリをとれるネタを積み重ねていく「トリ噺五十席」のお手伝い。この日は「七段目」「らくだ」の二席だった。

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存