杉江松恋
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小説の問題vol.58 「時代の風と時代の鏡」泡坂妻夫『飛奴』・司馬遼太郎『城をとる話』
ここ数年、本誌新年号の楽しみといえば泡坂妻夫の「夢裡庵先生捕物帳」だった。このシリーズは、新作短篇が一年一作年始のあたりにお目見え、という悠長なペースで刊行され、これまで随分長い時間をかけて短篇集が二冊編まれてきたのだが、二〇〇二年にはなぜか一月号、七月号と二作がパタパタ発表され、あれよあれよという間にシリーズが完結してしまっ...
街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2019年5月・彩の国所沢古本まつり
古本屋には独特の香りがある。 香りと書いたが、臭いと表現する人もいるだろう。埃に過敏な向きだとアレルギー症状を引き起こすかもしれない。 私はあの匂い、好きだけどな。特に好きなのは、そんなに埃っぽくない、午後になるとサッシを越えて斜めに陽射しが入るようなお店の、土間に置かれた平台付近の匂い。ここで長い時間を過ごしてきたな、と初めて来た店でも...
小説の問題VOL.57 「偶然という舞台の上で踊るもの」 小川勝巳『撓田村事件 iの遠近法的倒錯』・佐藤正午『ジャンプ』
仕事とあたしのどっちが大事なの、と女性に言い寄られ、窮地に陥った経験を持つ男性は多いだろう。そういった厳しい質問に対して明確な答えを返すのは難しく、できれば先延ばしにしてしまいたいものである。佐藤正午『ジャンプ』は、答えを先延ばしにしたために永遠に回答の機会を失った男の物語である(オリジナル単行本は二〇〇〇年刊)。男性諸氏は我が身を振りかえり...
街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2019年5月・椎名町「古書ますく堂」「リサイクルセンター新宿広場」ほか
五月某日 古本屋に関して疑問に思っていることがあったので、実際に現地に行ってみることにした。 ご存じのとおり先日夏目書房が閉店し、立教大学周辺の古本屋はほぼ絶滅した。東池袋に光芳書店、北池袋に平和堂書店があって、池袋駅を最寄とする店が無くなったわけではないのだが、立教大学を中心に栄えていたかつての古本文化圏が消えてしまったことは間違いない...
小説の問題vol.56 「存在の耐えられないお安さ」 戸梶圭太『トカジノフ』『トカジャンゴ』・姫野カオルコ『整形美女』
※なぜか2002年10月号の「問題小説」が見当たらなかったので、1号飛ばして11月号の原稿を掲載する。 小糠三合持ったら婿には行くな、という言葉がある。つまり少しでも財産があるなら入り婿になどなるな、という戒めである。基本的にわが国の近世近代は男系社会だったからこういう差別的な表現がまかり通っていた。しかしながら「小糠三合」という表現は...
街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2019年2月シンガポール「永新書局」ほか
二月某日 シンガポールに友人が滞在していて、こっちに住んでいる間に訪ねてこいと言われていた。そこで今年の二月に行ってきたのである。日程を検討していたら友人から連絡があった。二月は春節があるが、帰省する中国人が多いので人出が多く、入国管理がうるさくなる。その時期は外したらどうか、ということであった。 ふむふむなるほど。ご助言感謝であ...
小説の問題VOL.54 「本のお買い得度」 高橋克彦『ゴッホ殺人事件』・水木しげる『ほんまにオレはアホやろか
書店の棚を眺めていたら、西原理恵子『サイバラ茸』(講談社)が出ていた。これは『恨ミシュラン』などの西原本から漫画だけを抜き出して編んだ本だ。もともと西原本については、文章をまったく読まず、漫画だけを読むという読者が多かったはず(私はそう)だから、これはとても合理的な本である。しかし既刊もある漫画を読むためだけに一冊千八百円の単行本か、と割りき...
芸人本書く派列伝returns vol.23 徳川夢声『話術』
昨日は新宿二丁目にいた。ラーメン屋でビールを飲みながらぼんやりとテレビを観ていたら、阿川佐和子が出てきて、インタビューの名手として話をしていた。途中で店を出てしまったので、そのあと何を話していたのかは知らない。 「週刊文春」の「この人に会いたい」ではもう1500人に話を聞いているという。現在進行中のインタビュー連載としては最長のはずだ。その「こ...
川出正樹と杉江松恋の翻訳メ~ン2019年5月号公開のお知らせ
二人合わせて翻訳メン! 翻訳ミステリーばかり読んでいる翻訳マン1号こと川出正樹と翻訳マン2号・杉江松恋がその月に読んだ中からお気に入りの3冊を紹介してお薦めする翻訳ミステリー書評番組「翻訳メ~ン」が更新されました。 杉江「いやあ、4月は刊行点数が少なかったですし、選ぶのにちょっと苦労しました」 川出「というか年度が始まる月だから、みんな本を...
小説の問題vol.53 「コンビニエンスストアのある風景」 池永陽『コンビニ・ララバイ』・藤田宜永『転々』
先月なかばに消しゴム版画家のナンシー関さんが急逝されてから、しばらく茫然とした日々を送っていた。この原稿を書いている七月七日は、本来氏の四十歳の誕生日であった。週刊誌上に連載されていた各コラムは、間違いなく後世に残るべき平成の名文である。各誌連載の未収録コラムの一日も早い単行本化を望みたいし、できれば現実の風俗事件と氏の書誌を対応させた全集が...