杉江松恋
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幽の書評vol.13 小沢章友『龍之介怪奇譚』
自己と世界に厳しく向き合った文豪の内面を描く 昭和二年七月二十四日、芥川龍之介は最後の小説「歯車」を遺し、服毒自殺を遂げた。背景は謎に包まれているが、芥川は生来病弱であり、加えて数年来は穏やかならぬ精神状態にあったと伝えられている。交友のあった内田百〓は、「あんまり暑いので、腹を立てて死んだのだらう」と、衰弱の果ての悶死という推測を彼らしい諧謔...
芸人本書く派列伝returns vol.15 毒蝮三太夫・塚越孝『まむちゃんつかちゃんの落語にラジオ』
前々回のこの欄で三遊亭圓丈『御乱心!』(主婦と生活社)を取り上げたが、その際に本が発掘できなかったので五代目三遊亭圓楽『圓楽 芸談 しゃれ噺』(白夜書房)について触れずじまいであった。こういうときは時間をおいて探すといいもので、倉庫に入って棚をいじってみたら嘘のようにあっさりと見つかったのである。 第五章「圓生、そして一門」にそのことについての...
幽の書評vol.12 辻村深月『ふちなしのかがみ』
声にならない呟きが空間を満たしていく いつか恐い話を書くだろうな、と予感はしていた。辻村深月のことだ。彼女の書くミステリー小説には、声にならない囁きが満ちていたからである。辻村作品を読むと、いつも青春時代の暗い面に思いを馳せさせられる。たとえば『太陽の坐る場所』(文藝春秋)を読めば、行間からアノトキハ言エナカッタ……、本当ノ私ハココニイル人間デ...
幽の書評VOL.11 高橋克彦『たまゆらり』
途切れた記憶が思わぬ魔を呼びよせる 高速で空中を動き回る、黒い玉がある。ビデオ映像などに写りこんだ謎の物体は、たまゆらと名づけられた。〈私〉は、その正体を解明したいという思いに駆り立てられるのだが――。 『たまゆらり』は、不思議現象に取りつかれた男を描く標題作をはじめ、全十一篇を収めた短篇集だ。収録作のうち六篇が年間傑作選のアンソロジーに採られて...
幽の書評vol.10 東雅夫編『文豪怪談傑作選 小川未明集 幽霊船』
作中の出来事よりも作者の眼差しの方に恐怖する。残酷な運命を描かずにいられない小川未明とは 小川未明は、怖い。何が怖いといって、作者の眼差しが怖いのである。未明は自らの創造した作中人物に、残酷極まりない運命を与えようとする。 本書収録作の「越後の冬」がいい例だ。こういう話である。上越後の山中に、母と二人で暮らす太吉という少年がいた。ある雪の日、太吉...
幽の書評vol.9 若竹七海『バベル島』
〈あやし〉のグラデーションが読者を魅了する。読者を思わぬ方向へと連れ去る恐怖小説集 ――梅の樹は生きているもののごとく、多量の樹液をほとばしらせて、どうと倒れた。 若竹七海の最新短篇集『バベル島』の劈頭に収められた「のぞき梅」は、ある旧家の庭に立っていた白梅の木をめぐる奇譚である。夭折した友の家族に招かれ、その家を訪れた主人公が、たまたま梅酒のゼ...
幽の書評vol.8 恒川光太郎『秋の牢獄』
ないもの、ありえないことを現出させる驚異の筆力。日本ホラー小説大賞作家が描くかくれざと三篇 恒川光太郎の最新作は、密度のある語りが楽しめる一冊だ。恒川は、短篇「夜市」によって第十二回日本ホラー小説大賞を受賞した作家である。本書は、受賞作を収録した同題短篇集と第一長篇の『雷の季節の終わりに』(ともに角川書店)に続く第三の著作ということになる。 『雷...
街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2018年12月・武蔵小山「九曜書房」ほか
12月30日に古本屋を巡った話の続き。 そんなわけで学芸大学駅の飯島書店で掘り出し物にぶつかり、いつもならもうおなかいっぱいなのだが、この日は「どうせ仕事にならないし」という自棄気味の外出なので、さらに深みにはまることにした。目指すは東急目黒線の武蔵小山駅である。 目黒は南北に細長い区だ。鉄道路線はその通りには走っていないので、縦に移動し...
街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2018年12月・学芸大学「飯島書店」
ライターという仕事は居職だから、机の前を離れると何もできない。人によってはカフェにパソコンを持ち込んで原稿を書くこともできるようなのだが、私は無理なのである。背後にある書棚から適宜参考文献を持ってこないとその先に進めなくなる。そこはネット検索で済ませられない部分で、職人が自分の仕事道具一式と暮らしているのに近い。書棚は仕事道具なのだ。 そういう...
幽の書評vol.6 エドワード・ゴーリー編『憑かれた鏡 エドワード・ゴーリーが愛する12の怪談』
その鏡は見る人の恐怖を増幅させる。奇想の作家エドワード・ゴーリーが選んだ選りすぐりの怪談集 その庭にはいくつもの石板が転がされている。形状から、それが単なる板ではなく石碑であることがわかる。禿頭の巨漢が、木陰に腰を下ろして休んでいる。もう一人の痩せた男が、立ったまま彼に話しかけている。二人の会話に耳をそばだてるような位置に、正面を見せて石碑が立っている...