ムーミン
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杉江の読書 『ムーミン谷の十一月』(講談社青い鳥文庫)
トーヴェ・ヤンソンは物語の枠から登場人物を解放し、同時に読者をもそこから自由にしてみせた。しかしそれは訣別を意味しているのではない。虚構と現実の間に距離を設けることによって、読者は物語と自分の関係を見直すことができる。そして、いつでも任意の時にそこに戻っていくことができるのだ。客体化された物語は、懐かしい心の故郷になる。 シリーズ最終作『ムーミン谷の...
杉江の読書 『ムーミンパパ海へ行く』(講談社青い鳥文庫)
抑えきれない冒険心を持つムーミンパパは、ついにムーミン谷を捨てて孤島暮らしをすることを決意する。そこを地上の楽園としようとした彼の思惑と裏腹に自然環境は厳しく、一家の生活は次第に停滞し始める。気ままなミイだけではなく、ムーミントロールも家を離れて自活することを宣言、ムーミンママは屋内に懐かしいムーミン谷の絵を描いてそこにいるという夢想に耽る。一家の心はばら...
杉江の読書 『ムーミンパパの思い出』(講談社青い鳥文庫)
ピカレスク・ロマンとはたとえば、孤児院を脱走した子供が成長して自分の家を持つようになるまでを書いた小説のことだ。トーヴェ・ヤンソンにもそういう長篇がある。『ムーミンパパの思い出』である。この作品の刊行は1968年だが、原型は1950年に発表された。したがって執筆順としては四作目に当たるが、改稿を経て現在の形になったものは八作目に数えられる。捨て子だったムー...
杉江の読書 『ムーミン谷の仲間たち』(講談社青い鳥文庫)
前作『ムーミン谷の冬』をムーミントロールによる他者の発見の物語だったとすれば、『ムーミン谷の仲間たち』はその他者を描くことに主眼のある作品だ。1962年に発表された本書はシリーズ唯一の短篇集である。原題は「目に見えない子と、そのほかの物語」で、表題作の主人公はニンニという少女だ。彼女はおばに育てられていたが、あまりにひどいことをたびたび言われたために、姿が...
杉江の読書 『ムーミン谷の冬』(講談社青い鳥文庫)
トーヴェ・ヤンソンが1957年に発表した『ムーミン谷の冬』は、ムーミントロールと世界との対話を描いた作品である。ムーミンたちは通常、十一月から四月までを冬眠して過ごす。コミックス『ムーミン谷のクリスマス』のように一家が揃って冬眠しそこなう話もあるのだが、本書ではムーミントロールだけが目覚めてしまう。そして春まで一人で過ごすことになるのだ。 すべてが初...
杉江の読書 『ムーミン谷の夏まつり』(講談社青い鳥文庫)
トーヴェ・ヤンソンは素晴らしい喜劇作家でもある。その才能を如何なく発揮したのが、1954年に発表した第四作『ムーミン谷の夏まつり』だ。最高のコメディエンヌ、ちびのミイの初登場作でもある。 本書で再びムーミン谷は水害に見舞われる。とはいえ『小さなトロールと大きな洪水』のそれほど深刻なものではなく、家が水没してもムーミントロールの一家は普段と変わらない生...
杉江の読書 『たのしいムーミン一家』(講談社青い鳥文庫)
嵐が去った後の空のような小説である。 1948年に発表された『たのしいムーミン一家』は、暗い影のあった前二作とは打って変わった陽気な作品だ。作者のトーヴェ・ヤンソンは、少女時代には夏の期間をペッリンゲの島々で過ごした。その幸せな記憶が、ムーミントロールたちの姿に重ねられているのである。 作品の核となるのは、冬眠から目覚めたムーミントロールたちが...
杉江の読書 『ムーミン谷の彗星』(講談社青い鳥文庫)
世界の終わりが近づいてくる。ムーミントロールとスニフは長い旅の果てに異変の原因が彗星の接近にあることをつきとめる。そして、道中で出会ったスナフキンやスノークの兄妹、偏屈なヘムルといった面々と一緒にムーミン谷を目指すのである。彗星衝突の瞬間をパパやママと一緒に過ごし、そして生き延びるために。 トーヴェ・ヤンソン『ムーミン谷の彗星』はレギュラーメンバーの...
杉江の読書 『小さなトロールと大きな洪水』(講談社青い鳥文庫)
1939年、世界が戦争に向けて進みつつあった冬、25歳のトーヴェ・ヤンソンは閉塞感の中で行きづまる。彼女には、諷刺誌「ガルム」に寄稿する際、絵の片隅に署名代わりのように描いていたキャラクターがあった。それを自身の不安感を代弁するような世界の中に投げ込み、行動させる。ムーミン・シリーズの最初の作品、『小さなトロールと大きな洪水』はそうした試みの結果として生ま...