杉江の読書
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杉江の読書 黒沢咲『渚のリーチ!』(河出書房新社)
刊行からだいぶ経ってしまった。本書は日本プロ麻雀連盟に属するプロ雀士が初めて発表した小説である。執筆協力として作家の橘ももの名が記されているが、役割はよくわからない。 主人公の松岡渚は理工学部を出てコンサルティングの会社に就職するが、大学二年生で出会った麻雀の魅力に取りつかれている。やがてテストに合格し、会社員兼業から専業のプロとして活躍するよ...
杉江の読書 水生大海『最後のページをめくるまで』(双葉社)
良質のミステリー短篇集だ。水生大海『最後のページをめくるまで』(双葉社)は、著者のこれまでの著作中でもかなり上位に来る作品である。印象的な題名は、全五篇が終わり近くに衝撃的な展開を準備しているとの宣言だろう。ページレイアウトもそれを意識した形であり、単行本になって「小説推理」掲載時よりも興趣は増したと私は感じた。 巻頭の「使い勝手のいい女」は『...
杉江の読書 田中兆子『私のことならほっといて』(新潮社)
2018年に読んだ短篇の中でぐっときたものの一つに、田中兆子「私のことならほっといて」がある。「働く妻にとても理解がある」が「僕は君より五倍稼いでるんだよ。だから家事は君の担当」と平然と言うような夫に内心嫌気が指している女性が夢の中で出会った男との情事に溺れ、ついにはそのために極端な行動に出てしまう、という話だった。根底に女性の生きづらさという重い主...
杉江の読書 松尾スズキ『108』(講談社)
シミルボンで、その月の小説誌に載った短篇の中からベストを選ぶ「日本一短篇を読む男」という連載をやっているのだが、その八月分に書いた原稿を一部転載する。「小説現代」八月号に一挙掲載された松尾スズキ『108』をお薦めしておきたいからだ。 劇作家でタレントまがいのことをしている海馬五郎が主人公のシリーズ作である。相変わらずあれやこれやの半端仕事をしな...
杉江の読書 キット・リード『ドロシアの虎』(サンリオSF文庫)
中村融編の〈奇妙な味〉アンソロジー、『夜の夢見の川』(創元SF文庫)に収録された「お待ち」があまりに強烈だったもので、キット・リード作品をもっと読みたいと思った。 リードは1932年生まれで、ジャーナリスト出身の作家である。二桁に届く長篇があるのだが、邦訳は『ドロシアの虎』(友枝康子訳/サンリオSF文庫)しかない(注:細谷正充さんの指摘で気づいたのだが...
杉江の読書 第157回直木賞について 20170719
続いて直木賞である。 木下昌輝『敵の名は、宮本武蔵』(角川書店)は、剣豪と敵対して剣を交えた者たちを主人公とし、彼らの視点から宮本武蔵という人物を浮かび上がらせていくという形式の作品だ。木下にはデビュー作であり最初の直木賞候補作となった『宇喜多の捨て嫁』や『戦国24時 さいごの刻』などオムニバス形式をとった作品が多数ある。ミステリーで用い...
杉江の読書 第157回芥川賞について 20170719
今回の芥川賞・直木賞には、軸がはっきりと見える候補作が揃った。 芥川賞のそれは、社会の多様性を小説はいかに描きうるかということに尽きる。今さら言葉を重ねるまでもないが、現代を支配するのは不寛容を基調とする空気だ。たとえば倫理観においては、これほどまでに清潔さが重視され、自分勝手であることが忌まわしいものと批判される時代はかつてなかったように思う。同じ鋳...
杉江の読書 青山文平『春山入り』(新潮文庫)
青山文平『春山入り』を読み終えたところである。ただ不明を恥じるばかりで、改題前の単行本『約定』が出た2014年の時点で読み、書評すべきであった。 本書に収録された「半席」は徒目付として人物評定の仕事に励む片岡直人を主人公とする一篇だ。彼は上司から頼まれ、矢野作左衛門という御家人の死について調査する。その結果、作左衛門の死に関わった人物の動機が炙りださ...
杉江の読書 周防柳『蘇我の娘の古事記』(角川春樹事務所)
物語は乙巳の変に始まる。いわゆる大化の改新である。その事件の結果、中級役人の船恵尺は、誰にも言えない秘密を抱えることになった。彼にはすでに二人の息子がいたが、新たにコダマという娘が家族に加わった。しかし彼女は恵尺の実子ではなく、乳人として蘇我入鹿から引き受けた子供だったのである。この秘密が物語の重要な鍵となる。 周防柳『蘇我の娘の古事記』は天智から天...
杉江の読書 カベルナリア吉田『旅する駅前、それも東京で!?』(彩流社)
どこの町にも誰かがすんでいて、その人たちの暮らしがある。 交通機関や情報網が未発達だった過去はいざ知らず、現代に紀行文を書くことの意味はそこにあると思っている。土地柄や風物を通して見えてくる人々の暮らしに読者は関心を持つのだ。カベルナリア吉田『旅する駅前、それも東京で⁉』(彩流社)は、おもしろい方向からその興味を満足させてくれる一冊だった。 著...